第25話 真夜中の誓い

 風呂上り。水嶋は火照る体を夜風にさらす。まさか、お風呂が外にあるとは思わなかった。


「若い乙女の出汁の味はどうだった?」

「人聞きの悪いことを、言わないでください」

 あくっちゃんは縁側でビール片手に、タバコを吹かしていた。


「みんなは?」

「別室の寝室だ。つってもこの襖一つ開ければ花園だ。変な気起こすなよ」


 あくっちゃんは親指を立てて、背中の襖を示した。ゴクリと喉を鳴らし襖を眺めてしまう。

 襖がピシャリと開きドキリと体が硬直。中からはパジャマ姿の女性陣。「おやすみなさい」と言葉を添える。


 水嶋の返答も早々に、花園は早くも閉じられた。まぁ、時間も時間なので無理もない。



 自分の寝室はと言うと、花園と、これまた襖一つ隔てた隣の和室。ぴっしりと閉じられた襖から光が漏れ、微かに黄色い声が聞こえてくる。煩悩を振り払うかのように首を素早く横に振った。


 広い部屋に敷布団一つ。少し寂しさを感じながら床に着く。時代の営みを感じる、強固な木造建築。それにしても、高い天井だった。

 やがて、光は途絶え、漏れ聞こえる声も途絶えた。闇が訪れる。


 普段は嗅いだことのない畳の香りが鼻につく。そのイグサの香と、先程までバーベキューで燻された匂いが混ざり合い、どうにも落ち着かない。


 リビングの振り子時計がカチリカチリと一定のビートを刻んでいた。勝手口の方だろうか、遥か彼方からポタリと、雫の垂れる音がする。

 ブルブルと身震い。水滴の音に反応して体が催してくる。


 水嶋は縁側を通り、トイレに向かう。


 ギィーとなる板張りの縁側を、出来るだけ音を立てずに歩く。襖一枚で花園。またもや煩悩が頭を横切る。足が止まる。すると聞こえてくるは異なる二つの音。


「ねぇ。美夏、もう寝た?」

「うんにゃ」

 あくび混じりの、情けない返事が聞こえる。


「ミカエルが私でがっかりさせたかしら」

「さぁ、どうだかな」

「せめて、音ゲーは続けてほしいのだけど」

「さぁ、どうだかな。あいつ、格ゲー強いしな」


「明日は美夏に任せて良いのね?」

「そりゃ、ミカエルを倒すには俺が教えなきゃなるめいな、本当は倒して欲しいんだろ」

「……別に」

「素直じゃないね。」


「美夏は私に勝って欲しいんでしょ。あんな嘘なんかついて。勝ったら付き合うなんて性悪もいいところよ」

「まぁ、そのことについては謝るわ。でも、油断してっとマジで負けるぞ。アイツ素質あるからな」


「私より」

「ああ」

「まぁ、そりゃそうよね。美夏の初恋の人だものね」

「バカ、んなわけねぇーだろ」

「でも私もッ!」


 ギィー、ギィー、ギィー。

「トイレ、おトイレ、トイレ」

あくっちゃんのお通りだ。息を殺す水嶋をスラリと避けて、トイレへ直行する。……が、なかなか出てこない。


どんどん、ドンドン!

「あくっちゃん?」

扉一枚、微かに聞こえる寝息。

「あくっちゃん。あくっちゃ〜〜ん」


 その後、事なきを得た水嶋。その夜、二人の少女の間に、熱い誓いが為された事を、俺は知る由はなかった。

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