第24話 認識力とは

 自問自答を繰り返す脳内に、僅かに響く部長の声。彼女は吹っ切れたかのように、前髪を脇に押しやると、壊れかけの白ワンピ少女から、眼鏡を奪い返す。そして、ビシッと指先を伸ばすと、手際良く周りを仕切り始めた。


 庭には簡易テーブルに折り畳みの椅子、使い込まれたバーベキュー用コンロ。その他、諸々の野菜が運び込まれる。


 クルミは付かず離れずで灯里の指導をし、準備が整うと、着火剤に火をつけた。煙が湧き上がる。暫くしてパチパチと、火種が薪へと燃え移る。


 ラルクはいつの間にか、いつも通りのTシャツにデニムパンツ姿に戻っていた。口をへの字に、黙々と野菜を切っている。口が悪い少女が、意外と料理上手な事に、水嶋は驚きを隠せない。


「おい、陽。もっと上手に野菜切れないのかよ」


 口の悪さより、陽と呼ばれたことに狼狽し、目が否応なしに瞬く。それでも、今までの付き合いから反抗的な態度を取った。

 決して、照れ隠しと言うわけではないことを、皆さまには分かって頂きたい。


「んなこと言われても、どれくらいの大きさか、言ってもらわないと分かんねぇーよ」

不平不満を言わせれば、俺の右に出るものはいない。


「だから、言ってるじゃねーか!食べやすい大きさに切れって」

「アバウトすぎるわ」


「想像しろ。そんなことだから認識力が身につかねぇーんだ」

「うっせい」

「ほら、これをよく見ろ」


 ラルクはシイタケを掴むと、ほいっと投げる。「どう、捌く」と尋ねられ水嶋は傘と茎に分けた。


 ではこれはどうかとナスを渡してくる。俺はウームと悩んだ。

「シイタケの傘の大きさに合わせて切ってみろ。そうだ、ちょうどいいじゃねえか」

ではと野菜を次々に投げる。


「ちげーよ、半分に切るな。玉ねぎは輪切りだ。それじゃ崩れるだろ。キャベツは……いいじゃねぇーか。ほら瞬時に判断しろ。じゃあ次はナスを縦に切れ。そうだ、認識力を養え、どうしたら上手く処理できるか考えろ。バカ、ニンジンは皮を削いでからだ!」


「んなこと知るか!」

「そこッ、真面目にやる!」


 前髪を脇に追いやった部長は、人が変わったように鋭い眼光で、二人に向けて一喝を放つ。二人してピンと起立して、猛獣の咆哮が収まるのを待った。さながら蛇に睨まれるカエルのようだった。



 紙皿を配り楽しい楽しい食事の開始。

「ラルク、認識力のことなんだけど」

「俺は美夏だ。大沢美夏……だから美夏だ」

 空いた口が閉じない。ーーコイツは何が言いたい?


「だから、美夏。ラルクじゃなくて美夏って呼べよ」

「おぉ。わかった」

「ほら、ゆってみろよ」

水嶋がゆっくりと口を開く。


「ならば、私の名前も、部長じゃ味気ないですよ。私は加奈子だから、カナって呼んでくださいね」

「おい、勝手に入ってくんな」

「なにやら楽しそうですね。私も混ぜてくださいよ」


 そこに灯里も加わり、話がこじれにこじれていく。俺は、ただ認識力について知りたかっただけなのに……。


 意味もなく、名前を呼ぶことを強要され、戸惑う水嶋にたいし、ケタケタと笑うクルミ。

 あくっちゃんはと言うと、然程興味もない様で、ビール片手に美夏の祖母と縁側で談笑していた。



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