ようこそ、バンマニの世界へ
前編
第21話 踊り子
「コンセントがな〜い」
灯里のだらしない言葉が反響する車内。踊り子は水嶋の所属する文芸部の部員と、引率者を乗せて、優美な姿で東京を旅立ち、現在は熱海駅で切り離し作業の真っ最中。
「無いな」
「無いね」
「ありませんよ。気づくの遅いですね。」
水嶋を含め、部員全体から冷たい視線が灯里に送られていた。部長柴田より冷たい視線を送るのは、引率の阿久津である。
「無いに決まってるだろうが。オマエは乗車の際に、あの気品あふれる顔を見ていないのか。コレは185系だ、バカが」
あくっちゃんは、駅弁のタン塩をタレのしみたご飯と共に口に放り込み、咀嚼も程々に缶ビールで流し込む。空の弁当が二つ、缶が三つ、テーブルの隅に追いやられている。
それに対して、戯けて灯里が答える。
「なに〜、まさかコレは、中央線特急として活躍していた車両を改造し、車体カラーを伊豆の空と海の色をイメージしたペニンシュラブルーに染めたE257系では無かったのかぁ」
二人は貶し合いながらも、何処か似ていて馬が合う。仲良き事は良きことなり。
何故、こんな茶番劇が繰り広げられているか。それは、今から一週間前、まだ、夏休み前の期末テストの終わった日まで遡る。
何とか期末を乗り切った水嶋が視聴覚室のドアを潜る。
「あれ、何でクルミがいるの?」
「ごめんなさい。水嶋君には話そびれていたわね」
「そうだったね。実は僕も文芸部なんだよ。図書委員の仕事があるから、あんまりココには顔を出せないけどね」
柴田とクルミが話し合ってる雰囲気が新鮮で、まじまじと見てしまう。
「水嶋君、再来週は空いてるかしら?」
「えぇ、夏休み中は特にやることありませんから大丈夫ですけど」
「よし、じゃあハルも参加だな」
「参加って、どういうこと?」
「合宿だよ。毎年恒例、って言っても二年前にウチらで勝手に始めたイベントだけどね」
「ウチらって、部長とクルミがですか?」
「そうです。あと美夏もですが、あの人は現地集合ですので、今回は途中参加ですね」
「良かった。補習免れたんだね」
「えぇ、なんとかですけどね」
二人がホッコリしていたのも束の間。ガラリと勢いよくドアが開き、灯里が入ってきた。
「水嶋センパイ、見て下さい。赤点免れましたよ。ほらッ、見て下さい」
顔近くまでテストを押し出され、水嶋は圧倒される。決して誇れる点数では無いが……当の本人が喜んでいるならと良しとした。
教えてくれたクルミと目が合い会釈する。クルミはウィンク一つ。「良かったな」と言ってるようだ。
柴田はというと、すかさず水嶋と灯里の間に割って入る。そして、灯里に背を向け、水嶋の視線を独占した。
「伊豆に二泊三日です。お金の心配はいりませんから」
「えっ、水嶋センパイ、伊豆に行くの?私も行きたい」
「ダメです。これは文芸部の合宿なんですから」
「なら私も文芸部に入ります!」
こうして今、俺の隣に柴田部長。椅子を向かい合わせて灯里とクルミ。この構図が出来上がっている。そして、廊下を挟んで引率のあくっちゃんが、今、まさに次の駅弁を食べようと蓋を開けていた。
「情緒あるE185系に熱海の駅弁、そして、何つっても昼間っからのビール。クゥー、堪らんわ」
ピリリリリっと、水嶋の携帯が通話を促す。
さすがに車内は不味いと思い席を立った。
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