第19話 甘々と苦味
薄暗い店内。今日も筐体のネオンライトが何処か弱々しい。
そんな空気を一新するかのように、隣にのクルミは溌溂とステップを踏んでいる。
「そう、そこで足だけにならないように。体を捻って。体は頭の先から指先まで繋がっているからね。そうそう、上手に連動させて。いい感じ」
凄い体力だ。プレイするだけでも一苦労なのに、熱血指導まで奮っている。
「はぁ、コレだけ踊って、喋っても息を切らさないなんて、運動部もビックリの身体能力ですね」
俺はクルミを讃えたかっただけなのに、クルミは少し物悲しげな表情を落とした。刹那、笑みを取り戻す。
「凄いでしょー。こんな事もできるのだよ。さぁ、下がった、下がった」
そう言って、クルミは水嶋をステージから降ろした。
俺には、彼女の笑みが取り繕いだと理解できた。あれが苦笑いだと分かった。だけど、その行為に対して、何か言えるような特技を持ち合わせていなかった。俺は何も言えなかった。
クルミは左右、両方の筐体を使って、ココぞとばかりに自分の全てを見せてくれた。
画面には鮮やかな蝶の映像。
流れ出した音楽は裏拍を取りながらも、激しいビートを奏でる。
同じようなメロディーが絶え間なく流れ、右へ左へ、彼女は蝶のように舞い、抜群の身体能力を見せつけ狂い踊る。
似たステップを繰り返す中でも、彼女は時折、苦虫を噛み潰したような表情をしたり、吹っ切れたような爽やかな顔をしたりと様々な表情を見せた。
その真剣な表情が何か物語っているように、水嶋の胸を打った。ビートの音が重低音を奏でる度に、水嶋の心の奥底から、熱い感情が込み上げる。
「ふぅ〜。さすがにダブルプレイはキッツいわ」
練習終わり、クルミは苦しそうだ。
カバンからヤバそうな薬を取り出しすぅ〜と吸引した。
「あのーそれは?」
水嶋は恐る恐る訪ねた。
「あぁーレルベアの事か」
聞き慣れない言葉、益々怪しさが香る。
「僕は昔から喘息持ちでね。運動するとね。いつもはここまでならないけど、今日はちょっとはしゃいじゃったかな」
「なんだ、そう言うことか」
喘息が無ければ、運動部に入りたかったのだろうな。察した。けれど、胸の内にしまう事にした。こんな時、声をかけられない自分が心底嫌いだ。
「さて、いい汗かいたし、ハル。もう少し付き合ってもらうぞ。腹へったな」
「もちろん、クルミの頼みなら」
吹っ切れた爽やかな彼女に便乗する。そして、何気なく名前で呼べたのが嬉しかった。ラーメンくらいなら奢らせて頂こう。変に疑った罪滅ぼしくらいはしたい。
……が、どうして、こうなった!
可愛らしいカフェ。パステルカラーの店内にメルヘン雑貨が立ち並ぶ。
何だ、この場違いな所は!
そんな水嶋の戸惑いなんて気にも止めずに、クルミはふわふわのソファに腰掛け、隣にある大きくてもふもふなシロクマのぬいぐるみを抱きしめている。
「なんだ、ハルはクマ嫌いか。トカゲとか、ネコとか、コレはどうだ、ペンギンだぞ」
「いや、ペンギンなら緑じゃなくて、普通は水色でしょ」
ぬぼーっとした、黄緑と緑の、ペンギンとは似ても似つかないぬいぐるみが、こちらを睨め付けている。
「そういう固定観念に縛られていたら、対応力はつかないぞ」
そう言いながら、クルミは可愛い熊の形をしたパンケーキに蜂蜜をトロリとかける。
「同じノーツの配置が続く譜面が、簡単だと思っていたら勘違いだぞ。」
「確かに、それは、この何日か練習して来て感じた」
単調な方が集中を欠きやすいし、一度崩れると立て直しが難しい。
「でも、それとコレとは」
「うん、それが分かってるなら大丈夫。明日から一つも間違えないSSを目指すぞ」
一方的な会話だ
「むりですよ」
「簡単な曲なら、ハルにも出来るさ」
クルミは熊パンケーキを半分に切り分け、取り皿に装る。熊が真っ二つに切り裂かれている。
「クルミ、潔いんだね」
「結局、お腹の中に入れば一緒よ」
彼女はパンケーキが大好きなのだろう。満面の笑みで頬張って、噛み締めて、噛み締めて。嬉しそうに溜息を溢した。
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