第18話 頭脳明晰な体力バカ
立て付けの悪そうなガラス戸から、隣のラーメン屋の匂いが入り込む。
年季の入った扇風機が、カタカタと惨めに音を立てて動き、夏の訪れを静かに教えてくれていた。
周りを見渡せば、画質の悪いブラウン管の筐体が立ち並ぶ。
そんな昔ながらの筐体に囲まれて、昼間だというのに薄暗がりな陽の当たらない、湿り気のあるゲーセンの一画で、彼女は優雅に舞っていた。
魅惑のダンスというより、激しめのタップダンスのように、軽快に足が跳ねる。彼女の履く濃紺のニューバランスが、水面から爆ぜる飛び魚のようだった。
「あー、カナの紹介って、やっぱり君か。水嶋って聞いて何かピンと来たんだよね」
どれだけ早く学校を飛び出して来たのだろうか?
かなり早足で自分達も移動していたのだか、彼女はワンゲームを終えて、首筋には程よい汗が湿り気を帯びていた。
「天草さんですよね。昨日はお世話になりました」
「いいって、いいって。それより、これからはクルミって読んでよ。長い付き合いになりそうだし、敬語も無しね。柄に合わないから」
「でも、さすがに先輩を呼び捨てには」
「なぁーに、硬い事言いなさんな、君、名前は?」
「
「よろしくな、ハル」
流石に殆ど初対面でクルミとは言えず、「よろしく」と一言、頭を下げた。
「まず、僕がやってみせるよ。最初はこの曲が良いかな」
ノリノリのダンスミュージック。
電子音のビートに合わせて、降り注ぐ矢印のノーツがラインに達した時に、足元の上、下、左、右を表す4つのパネルを踏み込む。
内巻きストレートの髪がふわりと揺れ、ボブベースの前髪がふんわりと持ち上がる。光の加減でアッシュのように見えるメリハリのある髪は、何処か大人挽いても見えた。
徐々に加速する重低音のビートが、心の臓を打ち付ける。タタッ!タタッ!という小君の良い足音が、水嶋の胸を弾ませる。
膝丈より少し短めのスカートが揺れる。肉付きの良い美脚に、ネオンライトが掠める。古びた筐体も彼女がステップを踏むと、ライブ会場のように煌びやかに見えた。
彼女はリズミカルに体を弾ませる。その体に連動するように、捲し立てられたブラウスの袖から伸びる腕がしなやかに流れる。時折に溢れる笑顔が、今をときめくアイドル以上に輝いて見えた。
「まぁ、こんな感じだ」
胸元の第一ボタンは開け放たれ、汗を拭いながらパタパタと制服を引っ張り、窮屈な胸元に空気を巡回させていた。
全くけしからん。目のやり場に困るじゃ無いか。そんな言い訳も虚しく、彼女の魅力に取り込まれていく。
「じゃあ、一緒にプレイするか」
爽やかな笑顔と、その一言にドキリとしながらも、水嶋は「はい!」と元気良く返事を返す。
煩悩の祓う事の出来ない情け無い自分が出来る、誠心誠意を持って指導せんとする彼女への、せめてもの努力だった。
元気の良い返事には、クルミも終始ご満悦のようで、何よりだった。
二人はダンスミュージックを一通りプレイする。クルミと足音が揃う度に、なんとも気持ちの良い愉悦を感じた。
「ハル、いいじゃん。リズム感あるね」
この数週間の努力が、こんな形で現れるとは思っても見なかった。柴田部長の教えは間違っていなかった。確実にタイミングを肌で感じる事が出来ている。
そして、クルミの教え方も上手い。昨日の勉強の時もそうだったが、相手を理解させて指導することに長けている。部長が自らではなく、この人に託したのが、今なら分かる。
「ハルは体力あるな。見直したぞ。スポーツ……文芸部が運動はしないか」
「そうですね。早朝の犬の散歩くらいですかね」
お互い目を見合わせ笑いが溢れる。特に何が面白い訳でもないのに、二人は腹を抱えて笑い合った。
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