第14話 混フレをマスターせよ

 ガラッと視聴覚室のドアが開く。

「お待たせしました。今日も得点更新で貸して頂けました。これからはコレで混フレの練習をしていきましょう」


 陽気な柴田の声。

 悔しそうな柏倉の顔が脳裏に過る。


 昨日は操作説明と簡単な曲を練習したところでタイムアップ。勢いよくドアを開けた柏倉がタブレットを強引に持ち去っていった。


 ……とはいっても、初めに強引に持ち去ったのは俺らの方なんだが。


「あっ、これは昨日の曲ですか」

「そうです。先ずはこの曲からやっていきましょう。今日は課題のプリントを増やしておきましたので、早々に邪魔されることはないと思います。」


 鬼だ!


 音ゲーに実直な柴田に、水嶋は従う。

 上下に分割されたラインに配置されたノーツを、タイムバーに合わせて拾っていく。

 尺八風の管楽器のメロディーに合わせて踊らされていた指が、急に低音バスドラムのキックのリズムに合わせたタイミングのノーツの出現に驚く。


「このフレーズ、分かりますか?」

「は、はい。何となくですが分かりました」


 柴田は指で机を叩き、水嶋に的確にリズムを教える。


 トンットンットンッ。

「このリズムに対して」

 ンット、ンット、ンット。


「スウィングと言って、ジャズみたいな裏拍をとるようなリズムを刻んでいます。」

「なるほど」


 頭ではわかっていても、指は独特なリズムを捉える事は容易ではない。


「特に音ゲーで使われる曲は、パソコンで作られているものが多く、様々な音があります。音の数だけ、曲には異なるメロディーが存在し、無数のリズムが隠されているんです。」


 次の日も、また次の日も、リズムに重点を置いた練習が続いた。その度、部長は私物のようにタブレットを持ち込む。


 疾走感のあるロックのリズム。

 R&Bのような横乗りのリズム。

 そして、ジャズの様な跳ねるスウィングのリズム。


「さぁ、今日は纏めです。さらに難易度を上げましょう。」


 赤紫と黄緑のノーツの同時出現。左手で赤紫のリズムを叩きながら、右手は黄緑をスライドさせ主旋律を奏でる。最初は片側のリズムに引っ張られていた水嶋だったが、回数を重ねるごとに実りあるものに変わっていった。


「呑み込みが早いですね。とりあえずは合格といったところでしょうか」

「少しはミカエルさんに近づけていますかね?」


「えぇ、もちろんです」


 前髪に閉ざされた瞳から、あまり感情をくみ取れはしないが、彼女が微笑んだ。そんな気がした。


 斜陽が彼女を朱に染め上げる。そんな時刻だった。茜色に染まった柴田の顔。視線が交わる。そんか感覚。


「水嶋君……」

「柴田……部長?」


柴田は髪ゴムを解く。開け離れた窓から流れる夕涼みの風に、長い黒髪がハラリとたなびく。うなじをかきあげ、手櫛の様に彼女の指から髪が流れていく。


黄昏時、時間はゆったりと流れている。



ガララララッ!

突然、勢いよく開け放たれたドア。


「さぁ、プリント終わったわ。タブレットは返して貰うわよ!」


「はぁ〜。分かりました。今、採点いたします。長くなりますから、水嶋君はキリの良いところで上がって下さい」


柴田は髪をポニーテールに纏め直す。朱色に染まった視聴覚室に、部長の悲しげな溜息が木霊した。


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