第12話 保健師の悩み

「ところで少年は二年生で間違いないな」

「はぁ、そうですけど」


「ならさ、絆創膏オマケしとくから、この子に勉強みてやってくんない。入学してから、ずっと、この調子で。だいたい、私は保健師でしょ。教えようにも数字見ただけで吐き気するし」


「いやですよ。それに保健師の全てが数字を見ただけで吐いてたら大問題ですよ」


「私だって嫌だし」

「嫌だし、じゃねーし。それなら、今から教室もどれし」


 柏倉は蛇に睨まれた蛙のように押し黙り、阿久津はその姿を見て優越感に浸っている。


「なぁー、頼むよ。この部屋、好きに使っていいからさ。なんなら、この子も好きに使って良いからさ。思春期の男子だろ、この子さ、チビだけど胸の発育は一級品よ。」


 保健師は嫌がる彼女の胸を強調する様に水嶋に見せつけ、ホレホレと誘惑する。強調された胸からは薄黄色とフリルの筋が見え隠れする。柏倉の「ひぃゃッ」という艶めく吐息が、白で統一された室内に漏れた。


 水嶋は釘付けにされた視線を振り解く事が出来ぬまま、迫り来る性的な欲求にゴクリと喉を鳴す。


 トンットンッ!

 開け放たれたドアから、咳払いを一つ。

 部長の柴田が仁王立ちで見据える。


「それなら、交換条件と致しましょう。私が彼女に勉強を教える代わりに、彼女のタブレットパットを借りても良いでしょうか?」


 毅然と佇む文芸部、部長。


「それとも、セクハラで教頭先生に告げ口でもしましょうか」

「分かった、分かった。後は若者同士、好きにやってくれ。アタシは帰るよ」


「あの〜、柴田部長。怒ってません?」

「怒ってません!」

 柴田は自分の御粗末な胸に視線を落とし、深い溜息を漏らす。


 阿久津は水嶋の擦りむいた膝にバチリと大判の絆創膏を貼り、帰り支度を始めた。


「イツツッ。本当に、もう帰るんですか?」


「ヨシっ。最後に未来ある若者に大切な事を教えてあげよう。公務員の勤務時間は九時五時。それを超えたら……」


「それを超えたら?」


「その就職先はブラックだ。お先真っ暗になる前に転職を勧める。」


「でも、まだ二時半ですよ」

「……。っま、細かい事は気にするな。アハハっ!じゃあねぇ。バイビー」


 悪びれる様子もなく颯爽と保健室のドアを潜る。


「後、教頭のハゲが来たら薬を買いに行ったとか、テキトーに言っといて」

 両手を合わせ懇願する。阿久津の高らかな声は職員室まで響いている。水嶋の一抹の不安も理解する事なく、阿久津は陽気に帰って行った。


 不思議な空間に取り残された三人。


「私は勉強を教えて欲しいと頼んだ覚えもありませんし、タブレットパットは貸しません」

「では、力づくで奪うまでです」


 かち合う視線に水嶋は後ずさるも、柴田に腕を掴まれ、ただただ、立ちすくむのであった。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る