第9話 落とし穴
誰もいない視聴覚室。最後列のテーブル。うな垂れる水嶋。開け離れた窓からは、生ぬるい春風に乗って、管楽器のチューニングの音が耳に入る。
音ゲーを極めると誓って、たかだかニ週間弱。水嶋は伸び悩みと金欠に悩まされていた。伸び悩みは完全に練習不足だ。今週に入って、ジュークボックスをまともにプレー出来ていない。金がない。
中学生の小遣い事情なら、コレが現実だ。バイトが出来るわけでもない。手詰まりだ。
ため息混じりの視聴覚室に、文芸部、部長の柴田の足音が加わる。
「こんにちは。あら、浮かない顔して、どうしましたか?」
「いや〜、今、壁にぶち当たってまして」
「スランプですね。書けない事は誰にでもあると思います。そういう時はコン詰め過ぎず、一度、離れてみるのも良いのではないでしょうか」
完全に意味を履き違えてる。
(いや〜、実は音ゲーでスランプしちゃってるんですよ……)
なんて口に出して言えない。
「ありがとうございます」
水嶋は気を遣ってくれた柴田に感謝の意を示し、テーブルに目線を落とした。
流石に今日はゲーセンに行くのはやめよう。行ったところで、指を加えて人のプレーを見てる他ない。それなら、ネットの動画配信で上手い奴のプレーを見た方がましだ。
その後ろ向きな考えが、水嶋に発想を授ける。
水嶋は目の前の作文用紙を裏返し、四角を十六個。縦に四つ、横に四つ。そう、ジュークボックスの筐体のボタン配列を真似て描いた。
スマホにイヤホンを差し込み、ネット動画のプレーを見ながら、タイミングを表すノーツの光る順番を暗記しようと試みた。
「水嶋君。それは、いけません。はい、これをどうぞ」
「え?これは何ですか」
文芸部に来て、音ゲーの動画を見ている。不届な自分への叱咤したのかと思った。でも、どうやら違うらしい。
「ヘッドホンです」
「いや、それは分かりますけど」
「こっちに座って下さい」
水嶋は、柴田に促され、部長の椅子へ座る。スクリーン脇のパソコンデスク。
ヘッドホンからはノリの良いダンスミュージックが流れ出す。
「流れてくる矢印型のノーツに合わせて、キーボードの矢印キーを押して下さい」
パソコンの画面。カクカクと踊るポリゴンの背景の上を、矢印形のノーツが下から上へ流れる。一定のラインに到達した矢印に対し、タイミング良くキーボードを叩き得点を重ねる。
「あの、部長、これは?」
「まだ、水嶋君は譜面を暗記するのには時期尚早だと思います。人のプレーを見るのは良い事ですが、悪い癖が着きやすいし、水嶋君自身のプレーの幅を狭くしてしまいます」
水嶋は空いた口が塞がらない。
「まずは、なんと言ってもタイミングです。タイミング良くノーツを処理出来ないと話になりません。ジュークボックスの譜面は美しいですが、それは肌で感じるもので、今はまだ脳内補完するには早すぎるんです。そうだ、今からゲーセンに行きましょう。私がお金は出しますので」
水嶋は部長の熱弁に圧倒され、首を縦に振るしか選択の余地が無かった。
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