第7話 情報収集

 夕飯前のマスバーガー店内はガラガラだった。本を読む、ネクタイを締めたスーツ姿のサラリーマン風の中年男性と、話しに夢中になっている、着崩した制服の女子高生であろう四人組のグループが一つ。


 余りの女子高生の騒がしさに、見かねた男性は、読んでいた本をパタリと閉じて席を立った。


 ラルクは女子高生に負けず劣らずのトーンでしゃべりながらも、拳大のハンバーガーを一瞬でたいらげ、オレンジジュースで押し流す。

 ラルクは何人も彼女にほふられてきた奴らの身の上話を、洗いざらい話してくれた。


「アイツと付き合いたいなら、アイツに音ゲーで勝てる様にならないとダメだ。大概のやつが、付き合い初めて、音ゲーを一緒にした後に別れてる」


 やはり、そう来ますか。いきなりの敗北宣言。何となく話から察してはいたが、壁が大き過ぎる。


「さすがに、そりゃ、無理だろ」

「なら辞めとけ。格ゲーしかやって来なかったオマエには無理だ。だいたい。アイツは見てくれはちょっと良いかもしれないが、中身は性悪なんだ。」


 水嶋は腹が立った。

 簡単に諦めろと言われた事。

 そして、彼女を悪く言われた事。

 たぶん、後者がちょっとだけ強い。


「オマエに彼女の何がわかるんだよ」

「去年、都会に引っ越してきたオマエよりは、情報収集能力は高いわ」

「ウグッ」


 声にならない言葉が漏れる。


 間違いない。もともと田舎暮らし。父親の都合で都会に移り住んだのは、まだ話に新しい去年の話。格ゲーの事ならば家庭用で慣れ親しんでいるから訳ないが、ゲーセン事情までは把握できるほど顔は広くない。ましてや学内にさえ、まともに話しが出来るのは部長くらいだ。


 ラルクの意見には信憑性がある。でも、彼女が性悪だとは思えない。水嶋には何の根拠も無いが、あんなにキラキラしながらゲームをやる奴が性悪とは思えなかった。


「まぁ、悔やむな。どうしてもって言うなら、俺は音ゲーも少しなら出来るからな。お前に教えてやるよ」

「マジか!やっぱ、オマエは良い奴だな」


 水嶋はラルクと肩を組み引き寄せる。

「おぃ、バカ。やめろよ」

 照れて嫌がるラルクにハグをし、右手で背中をパンパンっと叩く。

「サンキューな、サンキューな」


 ラルクの赤茶けた短髪から、ほのかに香る柑橘系の香りが、水嶋の鼻腔をくすぐった。


「ラルク、オマエ良い匂いがするな」


 水嶋は今度は鼻から思いっきり空気を吸い込みむ。甘夏のようなスッキリとした柑橘系の香り。香水にしては甘ったるくないので、シャンプーとかリンスとか、その類いだと思われる。


「バカ、匂いを嗅ぐな」

 慌てふためくラルクは、顔を赤くして逃げ去って行った。

 田舎のサッカー部じゃ、当たり前だったんだけどな。


 テーブルにはラルクの飲み残したオレンジジュースと数本のポテト。

 水嶋は冷めたポテトを一気に方張り、飲み残しでポテトを流し込んだ。


 甘夏の残り香が漂う店内では、二人の会話に気にも止めず、女子高生の黄色い声が反響していた。

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