第2話 新台稼働

 水嶋はお伺いを立てるように柴田の顔を振り返る。柴田の重めの前髪と窓から差し込む陽光を反射する眼鏡。俯きがちな顔からは目が隠れ、柴田の表情を読み取るのは難しい。


 それでも、ほぼ毎日、同じやりとりが交わされている事実に、水嶋は柴田が焦燥することこそあれ撃鉄を生むことは無いだろうと判断する。

 幾分か都合の良い自分勝手な解釈に、違和感を感じるものの、水嶋は流行る気持ちを抑える事が出来なかった。


 他の部員に比べ、自分はマシな方だと言い聞かせ、少し悪気を感じながらも視聴覚室の扉に手をかけ、「失礼します」と一言、水嶋は扉を静かに閉めた。



 麗かな昼下がり。水嶋は歩く。

 夕飯の材料を買い求める主婦で賑わう商店街を抜け、排ガスまみれの大通りを闊歩する。

 2車線。道路脇に停車中のバスに飛び乗り二十分程揺られ、見えてきたのは大型ゲームセンター。


 水嶋はゲーセン前、ロータリー状のバス停で下車し、一階の入り口、UFOキャッチャー群を縫うように抜けて行く。


「クソっ、もうちょっとだったのに」

「やだー。もう、ケンちゃん頑張ってよ」


 短めのスカートが揺れる。制服を着崩した男子生徒は「わりー、わりー」と謝罪しながらも楽しそうだ。


 爆発しろ!

 そんな水嶋の心の叫びも虚しく、科学が統べる社会では塵一つ動かすことはない。力強く念じた思いは、逆に水嶋の心を蝕んだ。


 チッ!

 舌打ちが猥雑な空間に消える。


 エスカレーターで2階へ上がる。

 メダルに群がる老人たちの背中が儚い。


 レバーを引く者。

 ボタンを押す者。

 メダルでメダルを落とす者。


 金に換えることの出来ないメダルに踊らされ、一喜一憂し、惜しむことなく表情を露にさせる。高齢化社会の明日は明るい。


 三階こそ我が聖地。エスカレーターを降りて最初に耳に入るのは、音ゲーの新機種、ジュークボックスの無色透明なビート。


 ルービックキューブの様な四角い筐体は、今まで楽器を連想させてきた音ゲー筐体とは異なり、新時代を意識させる。その、スタイリッシュな作りと、色彩豊かなライトの発光は音ゲーを知らない一般人をも魅力する。


 平日の昼下がりというのに活気付く店内。水嶋も物は試しと列にならぶ。現行アーティストの煌びやかな曲もあれば、機会音の激しい曲もある。並ぶ列は男性が多いものの、女性もチラホラと目につき男女問わずと窺え知れる。


 前方、前方へと押しやられるように前進。近づくにつれ、その筐体が明らかになる。四角い筐体には液晶パネル。その上には、透明で真四角のボタンが四掛け四で埋め尽くす。

 液晶から現れるタイミングを記すノーツと言われる光を、押すことで点が入るようだ。


 水嶋の順番。百円を投下。

「セレクト ミュージック」

 艶やかな女性の声が、ゲームの世界へ誘う。

 水嶋は聞き慣れた流行りのロックバンドの曲を選んだ。


 刹那、音が更に世界を作り出す。


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