超絶かわいい世界ランクレベルの音ゲープレイヤーを見つけたので、お近づきになりたいが為に、俺は音ゲーを極める

ふぃふてぃ

ようこそ、音ゲーの世界へ

第1話 足早な帰宅

 キーン コーン カーン コーン。


 今日、最後のチャイムが鳴る。

 学内に自分の居場所のある人は足早に、教室を走り去っていく。気づけば半分以上もの学生が部活動に赴き、教室に残る生徒も友人と仲良くおしゃべりをしながら青春を謳歌している。


「さて、俺も帰るか」


 寂しげに呟く水嶋に、振り向く顔は無い。虚しく歩く廊下の窓から、気分を害する春風と部活動に励む溌剌とした声が流れ込む。つい先日まではあの中にいたというのに。水嶋は物思いに耽る。


 マンガの主人公に憧れて衝動買いした赤いラケットは、今や中古ショップの商品の一部となり安値で売られている。


「あら、水嶋君。もう、お帰りですか?」

「大丈夫ですよ部長。ちゃんと部には顔を出しますから」

「そう。なら安心しました。私も後から行きますから」


 水嶋の通う桜ノ宮西中学校は文武両道を根幹としていて、部活動の参加が義務付けられている。テニス部を辞め、流れに身を任せて入部したのが文芸部。水嶋に学校で唯一、声を掛けてくれるのが文芸部、部長の柴田である。


 水嶋は約束通り、文芸部の活動場所である視聴覚室に足を運び入れた。隣の音楽室からは防音の壁を通り越して、窓から音が漏れ聞こえている。


 視聴覚室は前方に大型スクリーンと5.1チャンネル音響装置が装備され、プレゼンテーション授業の場になるほか、文芸部としては映画鑑賞にも利用しているらしい。スクリーン脇にはパソコンデスクがあり、部長柴田の特等席となっている。


 長いテーブルには三つ並んで椅子が収まり、それが二列に並ぶ。最後列、窓際のテーブルが水嶋のテリトリーだが、ほとんどが幽霊部員なので決められた席はない。転部したばかりの水嶋は、まだ幽霊になる度胸はないものの、それでも、部長と入れ替わりで早々に帰宅をしていた。


 文芸部の活動内容は年に一度の「そよ風」と言われる文集に、長編の自作小説を掲載する事。文集は視聴覚室から、向かいの図書室に寄贈されるが、ど素人の作品に目を通すほど暇な生徒を見た事がない。要するに活動に寛容なのだ。


「ごめんなさい。日直の仕事が終わらなくて」

「あぁ、いぇ、別に」


 部長は静かにドアを閉めると、パソコンデスクに向かい凛として歩く。規定通りの膝丈のスカートに着崩されることのない制服。三つ編みに結えたツインテールの黒髪が、歩を進める度に揺れている。

 柴田がローラーのついた椅子に腰を落ち着けると、見た目に似つかわしく無いヘッドホンを取り出した。


 水嶋は部長が自分の世界に没入する前に歩み寄る。


「お先に失礼します」

「あら、お早いですね?」

「今日は筆が進みましたので」


 部長は、水嶋のあからさまな嘘にも苦言を呈する事なく、「お疲れ様」と声を掛けた。


 これから、ゲーセンに行く。新台が稼働したから早く行きたいとは流石に声には出せない。

 水嶋は柴田の「お疲れ様」の一言に、後ろ髪を引かれ立ち止まった。

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