第4話 ハデに飛ぶ

 時は遡り店員の牧瀬がカウンターに戻って少し後のことである。とある客が牧瀬に声をかける。

「シャボン玉、吹いてくれよ」

 シャボン玉液とストローを差し出しながら、不気味な要求をするこの者の名は尾崎。言動それ以外はハイスペックな容姿の男である。ライブの抽選に漏れたひとりでもある。牧瀬はその一言に慌てふためいたのかキョトンとしている。数秒の沈黙の後、はっきりとした口調で伝える。

「イヤです」

 尾崎は怯むことなく説得を試みる。

「じゃあ吐くだけでいいから頼むよ。息を吸って吐くだけでいいから。まず息を吐いて。ふぅーー」

 牧瀬はつられて息を吐く。ちなみに尾崎は魅力的な声の持ち主でもある。

「じゃあ、本番いくよ。息の呼吸、吸ってー、吐いてー」

 またまた誘導されて息を吐く。今度は先程より量が多い。そして尾崎は吐き始めた牧瀬の口に準備万端のストローを付ける。すると思わくどおりシャボン玉がふわふわと浮かぶ。尾崎は飲料用のストローをカバンから取り出し、急いで口に咥えシャボン玉を追う。近づいて狙いを定めると咥えたストローでシャボン玉を刺すように飛び込む。しかしギリギリのところで割れてしまった。尾崎は着地を失敗してフロアに腹を向けて倒れ込む。鈍く大きな音が響き渡る。

「痛い」


 その音を聞いて和久井と静川は真っ直ぐに尾崎に目を向ける。

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