第4話 異世界外来種の襲撃
「大型犬が家畜を襲っている。何とかしてもらえないだろうか」
エーミールはじめ、牧畜を行っている村人たちから、エニスに依頼が入った。
またヘルハウンドか、とも思ったが、どうもそうではないらしい。
事件現場を調べると、コロンが言った。
「このにおい、知っています」
確信を持った言葉だった。
「私の世界の動物……オオカミです」
「ということは……」
エニスとコロンは、顔を見合わせて同時に言った。
『異世界外来種!!』
村での聞き取りによれば、オオカミの群れは数年前から森に棲み着き、縄張りにしているという。ここ最近は羊や牛を放牧しているときはもちろん、夜間、かこいの中で休んでいるときまで家畜が襲われるようになったという。村人には弓術に長けた者もいたが、いかんせん元々の人口が少なく、なかなかこの外来種に対抗することができずにいた。
村一番の魔術の使い手が、悔しそうに言う。
「今回は、魔法陣で罠を張っていたのです。葉や枝でうまく隠したつもりでしたが、まったく掛からなかったどころか、中にはわざと罠を発動させたかのようなものまでありました」
これまで、様々な罠を仕掛けてきた。エサに飛びかかれば縄に掛かる罠。毒エサの罠。ドワーフから取り寄せた、鋼できた罠まで使った。そうした罠は、ことごとく失敗し、家畜の被害は続いた。掛かるとしたら、ヘルハウンドばかりだ。
村人たちは、
「博士、どうにかなりませんか」
と懇願するような目で見るのだった。
そこで、エニスはいくつか知恵を出した。たとえば、襲われた羊はすぐパニックになるから、その対処法。パニックになり、散り散りとなれば、もはやこのオオカミの狩り場となってしまう。しかし羊の群れに山羊を混ぜておくと、羊は山羊を頼りにして散り散りになりにくくなる。山羊は羊と違って物怖じせず、危機にもリーダーシップを発揮して、羊を率いて逃げるのだ。ところが、だ。オオカミはそれに気づいたか、山羊を真っ先に狙うようになった。完敗である。
このオオカミには知恵がある。どうやらリーダーは、灰色をしたひときわ大きなオオカミらしい。
この世界では、異世界特定外来種、つまり「異世界から来た人」から得た知識を文書として記録が為されている。
オオカミのリーダーは、異世界由来の文書群によれば、「アルファ」と呼ばれる存在であり、群れの中で唯一繁殖するオスであるという。そうした文書の中に、「オオカミ」に関する物語があった。エニスはその物語に出る「オオカミ王」の名を取り、群れのリーダーを「ロボ」と名付けた。
しかしエニスの本音は、「共生できないか」ということだった。対抗し得ていない現状で言うのもおこがましいかもしれないが、この「オオカミ」という異世界外来種を駆逐するのではなく、なんとか共生できないか。そう思いながらも、村人たちの窮状を思えば、自分の胸の中にしまうしかないのだった。
異界文書にある「オオカミ王ロボ」の話では、主人公はロボとの直接対決に勝利することはなかった。ロボの「パートナー」を狙うことに活路を見いだしていた。物語をどこまで信じてよいものかわからない。しかし、エニスは「オオカミ」の群れを知ることで何か解決の糸口を見つけ出せないか、と考えるようになっていた。それは、共生への思いでもあった。
夜。民宿の客室で、エニスとコロンは二人きりだった。
最近、二人は言葉を交わすことが減っていた。正確には、コロン自身が言葉を発しなくなっていたのだ。オオカミ駆除に息巻く村人たちを前に、コロンは押し黙ることが多かった。アイデアを出すエニスを前にしても、そうだった。動物好きの彼女のことだ、駆除など気が進まないのは当然であろう。コロンがしたことと言えば、羊を操る歌を村人に教えたくらいだった。彼女の世界では「ロックロップ」と呼ばれるその独特の歌は、散った羊を集めるのに大いに役立ち、村人たちを喜ばせた。オオカミを逐うのにも使われると彼女は言ったが、その効き目だけはなかったようだった。
「ねえ、コロンちゃん」
「はい」
返事は、小さな声。あの元気な明るい声を、どれだけ聞いていないだろう。
「オオカミのこと。コロンちゃんなら、どうする?」
今まで聞けず仕舞いだった。エニスのしていることには、きっと反対だったろうから。
少しの間を空けてから、コロンはうつむいていた顔を上げた。
「私は、知りたいです。オオカミがなぜ家畜を襲うのかを、知りたいです」
「それは、どうして?」
「あのオオカミのリーダーは、とても賢いです。だから、家畜を襲う危険もよくわかっているはずなんです」
その発想は、エニスには盲点だった。
「賢いオオカミのリーダーであるほど、人を避けます。賢いリーダーは、群れに人がいかに危険かを教えます。だから、特にリーダーを駆除するのは」
そこまで言って、コロンはエニスの顔色をうかがう。エニスは優しく続きをうながした。
「リーダーを駆除するのは……かえって逆効果じゃないかと……」
コロンの言葉を聞きながら、エニスの胸をよぎったのは、オオカミへの興味だった。
オオカミのことを、知りたい。
異界文書の知識ではなく、直接、オオカミを知りたい。異世界動物学者としての本能だ。
「ねえ、コロンちゃん」
再び、呼びかけた。
「私、森へ行こうと思う。森で、オオカミについて教えて」
コロンの瞳が大きく、きらめく。久しく見なかった、明るさを帯びた。
「はい! あ、私なんて役立つかわからないですけど」
そう言うコロンの頭を、エニスはぽんぽんと撫でた。
「私には、一番の相棒よ」
久方ぶりだった。二人が笑顔で向き合えたのは。
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