理想の彼女をきみにあげる

四十万 森生

〜報われる権利〜

 なぜオレには彼女が出来ないんだろう。


 あんな奴らよりもオレの方が絶対に優しいし、彼女のことを大切にするのに。

 かわいい彼女が欲しい。


 多分オレに足りないのは、軽さと押しの強さなんだろうな。気軽に女の子をチヤホヤしたり図々しく踏み込んだりするようなところ。女の好きなのってそういうチャラい奴だもんな。

 でもさ、そんな男と付き合ったって不幸になるよ。


 オレの方が絶対に誠実だし優しい。

 軽々しい褒め言葉が言えないのだって、女の子に迷惑を掛けないための気遣いなんだ。言葉を大切にしてるから軽々しく話せないだけなんだ。誠実だからこそ言葉が少なくなっちゃうだけなんだよ。


 オレは女の子に乱暴な物言いもしないし、暴力だって振るわない。彼女が出来たら大切にするのに。

 オレにかわいい彼女が出来たら、その彼女は本当に幸せになれるはずなのに。





ーーー そう思うなら、彼女をあげよう ---



 誰?



ーーー 君の味方。

君が幸せになれるように助けてあげる ---



 本当に?



ーーー 本当だよ。君だって思ってただろ?

『オレはとてもまじめに一生懸命生きている。

 それを見てくれている神様みたいな存在が、

いつかちゃんとオレの頑張りに報いてくれる』

 そう思ってたよね? ---



 ああ、思ってた。オレは毎日一生懸命生きている。

 だから報われる日が来るって、ずっと。



ーーー なら素直にこの好意を受け取って欲しいな。

 悪い話じゃないから。詳しく話していい? ---



 話してみろよ。聞くから。



ーーー いいね。君に理想の彼女をあげる。

 理想の彼女を思い浮かべてごらんよ。

まずは姿かたち。容姿をね ーーー



 ……浮かべたよ。

 髪はサラサラのストレートロングヘア。清楚な感じの女の子。

 胸はでっかくって、腰は細くて、太ももとおしりはみっちりな感じの、見るからになんというか…シコれるカンジ。目は大きくて、ちょっと童顔でとにかく美少女。



ーーー 性格はどんなかな? ---



 そりゃあ、おしとやかで清楚な感じ。だけど子どもっぽくってときどきスネて見せてくれるような子。家事全般得意で料理上手。成績も良いといいな。運動神経が良いくせにドジなところもあるんだ。親切で我儘言っても優しく包んでくれる。



ーーー ふんふん。

 大体のところイメージ出来たかな。

こんな感じでどうかな ---



 目の前には、まさにオレが夢に描いていたそのもののような女の子がいた。

 おお、かわいい。


 でも、今はまだ形だけなんだな。

 目は開いているけれど意思のようなものは感じない。



ーーー こんな感じでいいよね? ---



 いい! いい! これがオレの彼女?



ーーー そうなんだけど…。

 外見と性格はまあ大体のところ入っているんだけど、精神がね。

 そればかりは作れないんだ。

だから君から分けてもらうけどいいかな? ---



 精神を? オレが分けるの? それってオレに危険とか…。



ーーー ないない。安心して。

 ちょっとくらい精神を分けてもそうそう問題ないし、少ししたら回復するから。

 それにね、精神を分けると君の意志で女の子を動かすことが出来るんだよ。

 つまり君に惚れさせるのも自由。だから彼女に出来るでしょ ---



 へえ、すごいな。

 そうか。オレの自由なんだ。

 オレの意思で何でも出来ちゃうってことだよな?



ーーー そうだね。

 でも優しい君なら、きっと悪いようにはしないだろうから安心だ ーーー



 そうだな。任せてくれよ。



ーーー あとは特に疑問はない?

質問とか ---



 ないな。

 特にオレにデメリットないんでしょ? 



ーーー ないと…思うんだけどね。

 ほんとうに親切心だけでやることなんだよ ---



 あんた、悪魔とかじゃないよな?



ーーー えー・・・。違うと思うけど・・・。

 他に質問ないなら彼女を用意してあげるよ。

 君のクラスメイトという設定でどうかな? ---



 そんなところまで用意できるんだ。すごいな。楽しみだ。



ーーー じゃあもういいね。

この会話は終わるよ? ---



 いいぜ。



ーーー じゃあね ---



 オレの意識はここで途切れた。




ーーー優しくて誠実・・・ねぇ。

 お礼のひとつも言ってくれなかったな。

まあいいけどさ ---



_________________



 次の日、学校に登校するとまさにその『彼女』が同じクラスにいた。


 特に問題なくクラスの一員として溶け込んでいる。

 昨日までいなかったことなんて誰も考えもしない様子だ。


 あれはオレの彼女なんだ。今日からオレには彼女がいるんだ。あんなかわいい彼女が。


「に・・・西村、浩紀くん?」


 早速彼女はオレに声を掛けてきた。


「なに?」


「あのね、今日帰り、一緒に帰ろう?」


「ああ、いいよ」


 そうして下校途中の道で、彼女から告白を受け、オレは彼女と付き合うことになった。


 彼女は理想の女の子。

 オレのために喜んで手作りの弁当を作ってくれたり、楽しそうに話しかけてきてくれる。

 それにオレが手を握ってもいいんだ。オレの好きなように出来る子なんだから。


 それどころか、そのやわらかそうな身体も、触ってもいいんだ。

 この子はオレの意思でなんでも出来る子なんだから。


_________________



 私は鈴宮トモ。西村浩紀のクラスメイト。

 その日、私は初めて意思を持った。


「あれれ…? 私」


 私は確かにこの間まで西村浩紀だった。

 彼女が欲しいと願って、誰かに叶えてもらうという話だった。


 一応、鈴宮トモとしての『記憶』という設定はある。

 けれど、確かに私は西村浩紀だった。


 精神を分けるという話をしたっけ。

 つまりそういうことなんだ。

 私の精神は西村浩紀のものなんだ。


 私は、西村浩紀の願いを叶えるために作りだされたんだ。

 私は、彼女が欲しかった西村浩紀だから、そのために西村浩紀の彼女にならなくちゃいけない。

 そうしたら私も、私のオリジナルの西村浩紀も幸せになれるはずなんだよね。


 よし!やるかー。




 記憶にあるように学校に行くと、西村浩紀がいた。私だ。


 私のことをジロジロ見ている。だけど声は掛けてこない。

 声を掛けて来たら喜んで乗っちゃうとこだけど、西村浩紀にそれを期待出来ないことを私はよく知っている。自分から声を掛けることで迷惑を掛けるのがイヤだという親切心なんだよね?


 付き合うためには私から動かなくちゃいけないってことか。


 理想的な彼女が目の前にいるんだから、少しくらい自分から動いて欲しいけど…

 そういうところが『誠実』な西村浩紀なんだから仕方がないね。


 といってもこんな教室で大勢見てる前で「付き合って」なんて言えない。

 せめて下校のときに言おう。





「あの、私、西村君のことが好きです。付き合って下さい」


 恥ずかしいけど、勇気を出して言ったの。


「あ、うん。いいよ」


 返事は勿論OKだったけど、素っ気ない。

 せめて「嬉しい」とか「オレも好きだったんだ」とか、少しくらい喜んでくれればいいのに。

 私は西村浩紀の理想の女の子なのに、なんだか少し心細くなってきたな。




 西村浩紀と付き合うようになって、西村浩紀が喜ぶようなことをたくさんしたつもり。

 だって私は元々は西村浩紀なんだから。西村浩紀が望むことは何でも知ってる。


 お弁当も作ってあげた。会話が苦手な彼に積極的に話しかけた。

 本人は口下手なので、大した反応を見せないけれど。でも喜んでいるはずなんだよね。私には分かるから。


 お弁当も一応「美味しい」とは言ってくれたけど、でもこれって当たり前のことじゃないんだよ?

 すごく頑張って作ったんだよ?

 そんな簡単に受け取るようなものなのかな。


 なんかさ。

 私が無理やり食べさせてるから「仕方ないから食べてやってる」ってカンジに見えるんだよ。本心が違うのは分かっているはずなんだけどね…。




 西村浩紀は、私のことを友達に見せびらかした。

 男の見栄というのは分かるよ。私から一方的に好意を向けられたモテる自分を自慢したいんだよね。

 特に私みたいな理想の女の子に好かれることは勲章なんだろうね。

 私は君だったから、その気持ちは分かるよ。


 言って欲しい言葉も振る舞いも分かる。人前で「西村君大好き」という態度を取って欲しいんでしょ? 本当はそんな見世物なりたいわけじゃないけど…。



 付き合ってからまだ2日だっていうのに、西村浩紀君は私に触ってくる。

 最初は手を握られた。何も言わずに。


 そして首や顔にも触られた。

 黙ってガマンした。


 太ももを触られた。うそ…。


 そして、キスを迫られた…。


 理想の女の子にそういうことしたかった気持ちは分かる。

 だって私の過去だもん。


 私は西村浩紀の精神から作られたから、彼の彼女が欲しいという夢を叶えるという目標を持っていた。


 でも

 でも・・・


 気持ち悪い!!

 気持ち悪いよ!!


 これ、私の過去の姿なんだよね!!?


 自分では『優しい』とか『誠実』とか言っていたけど、どこが?


 私からの好意を一方的に受け取る一方で、私のことを何も喜ばせてくれない。

 優しい言葉をかけてくれることもない。楽しませてくれるわけでもない。

 ただ私がサービス精神いっぱいに話す会話に相槌を打って、私の作った料理を食べて。


 してもらってるだけじゃない。


 まだデートだってしたことないんだよ。

 それなのに、私が文句言わないからって太もも触って、キスを迫って来るんだよ?


 気持ち悪いよね?


「ね、待って。やっぱそういうのは早いよ。もうちょっと。ほら一緒に遊びに行ったりとかしてもっと仲良くなってから・・・」


 私はそう言って、なんとかキスをさせるのを止めた。


 西村浩紀は、無理やりはキスしてこなかったけど。彼の考えは手に取るように分かる。


「無理やり乱暴なことをしないオレは紳士」とか思ってるんだよね。

 当たり前すぎるって、そんなこと…。


______________



 オレが理想の彼女と付き合い始めて一か月。


「ごめんなさい。私から付き合ってもらったのに。もう西村君とは付き合えない」


 彼女から別れを告げられた。


 ちょっと待てよ。彼女はオレの精神の分身なんだよな?だからオレの言うままの存在なんだよな?

 なのに、結局おっぱい触らせてくれなかったし、エッチもしてない。

 キスだけはしたけど。


「なんで? 言っちゃうけど君、オレの彼女として用意されたんだよな?」


「そうだね。私はもともと君の精神を分けられて命を持った存在。だから君の願いを叶えることが私の目的だった」


「じゃあなんでだよ。オレの言う通りにやってくれよ。まだオレ、することしてないから」


「……西村君、私のことひとりの人間だと思ってくれてないよね。優しくもないし」

「どこが!? オレ優しいだろ。暴力だって振るってないし、無理やりセックスだってしてない」

「・・・・・」


 彼女は黙っている。オレの言うままの存在じゃなかったのか?


 いや、言うままの存在なんだよな。


「来いよ」


 素直についてくる彼女をカラオケルームに押し込むと、オレは彼女をむちゃくちゃにしてやった。

 オレのものなんだから、何をしてもオレの自由だ。

 それを分からせなくちゃいけない。


「やだ…っ」


 彼女は初めて抵抗した。その細い腕でオレを叩いた。

 彼女はオレのものなのに、抵抗するなんて許せない。

 叩いた以上は、叩かれても仕方ないよな?



 気が付くと彼女は動かなくなっていた。


 息もしていない。


 しまった・・・。


______________




ーーー 壊しちゃったんだ? ---



 例の声だ。



ーーー せっかく、君のために用意してあげたのに・・・ ---



 あんたはコレが目的だったのか?

 オレを犯罪者にして破滅させることが!

 やっぱりあんたは悪魔だ!


 

ーーー そんなことはしないよ。

 大丈夫、君に不利益にはしないと言ったでしょ ーーー



 え? そうなの? ホント?



ーーー ホント。大丈夫だよ。

 彼女の存在はなかったことにしてあげる。

 だから犯罪者にもならないよ。---



 それは、良かった・・・。

 ホッとした。



ーーー 彼女に分けてあった精神は君のところに戻るし、全て以前のまま。---



 そっかぁ。彼女のいない状態には戻るけど、別に不利益はなかったか。

 じゃあそうしてくれ。



ーーー そうしてあげるね。

 ところで君さあ、こっちのこと悪魔呼ばわりして疑ったことへの謝罪もしないし、何かしてあげても礼も言わないね。 ---



 なんだ、謝罪と礼が欲しかったのか?

 悪かったな。ありがとよ。

 オレだって求められればちゃんと差し出せるんだ。

 察しろ察しろと言うのは我儘というもんだよ。



ーーー そっかぁ。君は彼女にしてもらったことも、全部そうやって当たり前のように受け取ったんだね。彼女は君のためにとても多くのものを与えようとしたのに。それは当たり前のことじゃないのにね。 ---



 それならちゃんと最後までオレを満足させて欲しかったよ。



ーーー まあいいか。

彼女は消すね。さよなら ---



 じゃあな。

 あんた、もっと良いものくれても良かったのにな。



ーーー 良いもの、最後にあげる。

彼女からだけど ---



 そうして、例の声は消えた。







 そして次の瞬間、オレの中に流れ込んできた思考。



 やだやだやだやだ気持ち悪い気持ち悪い助けて助けて助けて助けて助けて

 こわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわい

死ぬ殺される死ぬ殺される死ぬ殺される死ぬ殺される死ぬ殺される死ぬ殺される死ぬ殺される死ぬ殺される死ぬ殺される死ぬ殺される死ぬ殺される死ぬ殺される死ぬ殺される死ぬ殺される死ぬ殺される死ぬ殺される死ぬ殺される死ぬ殺される死ぬ殺される死ぬ殺される死ぬ殺される死ぬ殺される死ぬ殺される死ぬ殺される死ぬ殺される死ぬ殺される死ぬ殺される死ぬ殺される死ぬ殺される死ぬ殺される死ぬ殺される死ぬ殺される死ぬ殺される死ぬ殺される死ぬ殺される死ぬ殺される




 分岐していたオレの精神。

 彼女の中で、めちゃくちゃにされて粉々にされたオレの精神。


 強い恐怖と嫌悪感。


 強すぎて…

 オレの全てが飲み込まれて…





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