第2話 師無キ故二、差ヲ知レズ

レンガが敷かれた広い道、


住宅地と工場や商店街の中間点という事で、朝にしては人通りが多い。



「今日も寒いわね……。暖かいミルクティーが飲みたくなるわ。」


お世辞にも豪華とは言えない服装の人々の往来の中………、1人だけ異質な少女が居た。


白いコートを来た薄い金髪の少女、


青い目は大きく、肌は陶器かのように白い。


「それでもこうして巡視を欠かさない辺……本当にお嬢様は物好きですね。」


そんな少女のそばに経つ女性が少女に声を掛ける。


少女よりもいくらか長身な女性は付き人然とした感じで少女と言葉を交わす。



「学校で習いましたから、『魔獣』の発生は人の活性が低い場所・時間に起きやすい……と。未踏・辺境の土地、深夜から早朝にかけての時間……魔術士として巡回するのなら通りを歩く人が増えるこの時間の見回りは外せません。」



少女はそう言うとあまり大きくない歩幅でトタトタと再び歩き出す。


傍に居た女性はそれに合わせ、ゆったりと後を付いていく。


「そうですね………ところでこの『10日間』以上魔獣が発生したという話は聞きませんが、我々は何日後に魔獣と遭遇するのでしょうか?。」


「い、嫌味ですか?!。従者なのに良くないと思いますよ……そう言うの。………確かにカトレア程の都市に魔獣が発生した事例は稀ですが、それでも出る時は出るんです。」



従者の言葉に大袈裟に反応する少女。


一定のペースで進んでいたのを急に辞め、クルリと従者の方を向く。


「それに!、こういった人口集中地だからこそ魔獣の被害が深刻化しやすいんですからっ!。念には念を……市民の幸せを守る事に尽力するのが魔術士なのですから!!。」



そのまま右手の人差し指を上にピンとたて、子供を注意するような仕草で自論を述べたその顔はどこが誇らしげだった。


だが彼女の従者との温度差はそれなりにある様で……自信満々に語る少女に対して真顔を貫く従者………。


「……そもそもお嬢様は『8日前』に協会へ登録されたばかりの言わば『新人』じゃないですか、まずは『師』を探すのが先でしょう。」


「うっ………だ、だからこうやって現場を探してるんじゃないですか!!。ほらっ、気合い入れて行きますよ。」


自分の従者に痛い所を突かれた少女は勢いで誤魔化すと再び歩き出す……、


………いや、歩き出そうとしたその瞬間に『悟り』……止まる。



「………あっ……あの人、」


恐らくパン屋であろう店の前を通る男性を見た瞬間、背筋に悪寒が走った。


魔術の才を持つものは大気中の魔力を感じ取れる。


穏やかに吹き付ける生暖かい風のように、体を撫でて行ったのだ………


魔力が………『命の霧散』が………、





直後に耳をつんざく破壊音が響いた。





男性が通っていたパン屋の入口側の壁が突如粉砕し、瓦礫となって路地へ吹き飛んだのだ。


その大小様々な瓦礫を直に食らった男性がどうなったかは分からない、巻き上がった砂煙で見えないのだ。


………いや、見えない方が良かったかもしれないが。



「お嬢様!!逃げますよ!!。」


「何言ってるのメリー!、ここで逃げたら魔術士になった意味が無いでしょ!!。」


従者の静止を振り切って少女は煙の元へ向かう。


通りを歩いていた人々は悲鳴を上げながらデタラメな方向へ走っていく。


起こることが少なくとも、何が起こったのかは皆分かっているのだ。



「さあ来なさい!!、クラスE術士ウィザード……エルメア・アルティドールが相手よ!!。」


甲高く名乗り上げ、煙に潜む敵と対峙する少女。


そんな彼女の前に、この自体の元凶が現れる。



ずんぐりとした巨躯、全身は針金のような硬質な毛で覆われた四足の獣………、



その外見はおおよそ『熊』に近く……その体躯・禍々しさは明らかに熊を凌駕している。



「お、思っていたより大物だった………。でもやれる…私は魔術士何だから!!。」



確かに私はつい先日術士協会に登録された新人の中の新人だ。


術士協会に登録と言えば響はいいが……これはあくまで『自身の裁量で魔術を行使できる』事を認められたという段階。


魔術士をする『資格』が与えられた状態であり、魔術士として『認められた』訳では無い。


それでも………



「私は立派な魔術士です!!。背を向けて逃げる生者の為に!!、」


(……そして、今し方亡くなられた死者の為に。)


右手を持ち上げ、熊型の魔術に向ける。


式番リカル4C102 ……スペルショット!!!。 」


右手の人差し指と中指の二本を通して付ける大型の指輪が輝く。



するとその伸ばした指の先端から青白い線が瞬くよりも早く伸び、熊型の魔獣の頭部に命中する。



「ゴァァッ!!。」


バチンッという硬質な音が鳴り、熊型の魔獣は呻き声を漏らしながらその巨躯を僅かに強ばらせた。


……だが、痛みこそあったようだが致命傷と呼ぶには余りに頼りないその一撃は、



「………オァァァァァア!!!!!。」


「うわっ………少しも効いてないのですか?!……。」



ただ刺激しただけに過ぎなかった。


明らかに怒気を放ち始めた熊型の魔獣は、短く太い後ろ足で器用に上半身を持ち上げた。



2足で立つその姿は先程までの物とは段違いで大きく見える。その頭部は周りの建物と比べると5メートル程は有るだろ………。



「なら次は………って、」


次の術式を放とうとする前に、熊型の魔獣の太い前足が頭上から少女に向かって振り下ろされた。


強靭で、重い前足が……二足歩行の状態の為既に持ち上げられている事により始動が圧倒的な技となっているのだ。



少女は慌てて後ろに飛び退く……だが、


「がぁッっ!!、、、」



すんでのところで前足の直撃は避けたものの、少女の眼前で衝突した路地と前足により無数の瓦礫が辺りへ拡散し、


その中の彼女に向かった大小様々な石が少女を打つ。


全力で後ろに飛んだのは良かったが、これにより体勢を崩した少女はそのまま着地に失敗し、路地を転がる。



「お嬢様!!、ここは一旦逃げましょう!!。流石に実力不足としか言えません!!。」


「そ……そんな事………、」



せっかくの白く美しいコートを土で汚しながら、自分が挑んだ相手を見直す少女。



「そんな事………、あぁ…………。」


浮かれて居たとしか言い様がない。



憧れの魔術士として協会に登録された。


その事が嬉しくて仕方なかったのだ。


だからこうして、毎日懲りずにメリーを連れ回し……やっと魔術士らしい活躍が出来ると思ってしまったのだ。


……だが、いざ挑んだ相手はどうしようもなく大きく……



「私は……私は………何故こんなにも………。」


それに比べた私は……話にならないほど『小さかった』。


逃げよう………いや、『逃げなければ』ならない。


魔術士がどうのこうのでは無い……自分の命が掛かっているのだから。


しかし、恐怖で強ばった体は思うように動かず………少女は立ち上がる事が出来ない。



「こ……こんな所で………。」


ズシズシと小さく地を揺らしながら魔獣が迫ってくる。


あの前腕の一振をくらってしまえば……いや、そんな事を考える暇など無い。



式番リカル…5D107 ロアーシールドッ…」


右手の指輪が再び輝く……


詠唱に合わせて少女の目の前に青い六角形が複数個結合した障壁が構成され行く。


それが辛うじて彼女を覆える広さになった直後、魔獣の豪腕が少女の直上から振り下ろされる。


凄まじいインパクトが衝突によって生まれ、鈍い音と共に構成された障壁は魔獣の一撃を受け止める。


………だが、


薄氷のように薄い障壁はその一撃で既に限界を迎えつつあった。



「あぁ………、お願いだから耐えて………。」


少女は目を瞑り、全力で己の魔力を障壁に流すことで少しでも障壁を存命させる。


しかし、最初の一撃を受け止める事にほぼ全ての耐久値を奪われた障壁ではこの魔獣の質量・筋力を防ぎきれない。


パキパキと氷が割れるような音がなり、脱落する障壁が青白い光の粒となって消えていく………。


ふと彼女の視界の端に自分の従者が映り込む。


その従者は自分に出来ることは無いと分かっていても尚、主の危機を救うために手の平サイズの石を投げようとしていた。



(……だめ……どの道そんな投石じゃ意味が無い………。)


そんなことをする暇があるのなら逃げるべきだ……そうすれば従者……メリーは助かる。


「……メ、メリー…………。私の事はいいから、………早く……。」



障壁の破壊が加速する。


言葉を紡ぐ為に割く意識ですら今や私の命を削るのだ……。


常に全力を注ぎ込まなければすぐにでも………、


(逃げて………メリー………。)


心の中で強く叫ぶ………


勿論心の声なんて届くはずが無い………、



だから、今目に映った『光景』は……本当の『偶然』であって『幸運』だった。

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