第27話 やっとの対面

 病室の扉はノブを普通に回すと開いた。

 鍵がかかっていないようだ。


「扉は開けたままにしておけよ。内側にはドアノブが無いから魔法を使わないと開けにくい」

 本当だ、内側のドアノブが無い。


「何故こんな難儀なつくりになっているんですか」

「勝手に外に出られて事故を起こされないように、という建前だ」

 入った場所は洗面台と鏡、棚がある小さなスペース。

 さらにその奥に扉があり、そこを開ける。

 3割以上がベッドという狭い部屋。

 ベッドの頭側にあるパイプが何カ所もついた見慣れない機械。

 そしてそこに横になっている少女。


 記憶よりかなりほっそりしているし大人びている。

 5年前の記憶だから当然だろう。

 でも間違いない。

 遙香だ。


「どうすればいいんだ。遙香を連れて帰るには」

 点滴の管、それ以外にも不明な管が何本か遙香の身体の方に伸びている。

 このまま全てを外すなんて乱暴な事は出来ない。

 でもこのままにしておく訳にもいかないのだ。

 この場の敵こそ倒したが組織そのものを潰した訳では無い。

 だから当然組織の追っ手がやってくる可能性だってある。


「安心しろ。当然ここから先も考察済みだ。なあ遙香」

 えっ。どういう事だ。

『大丈夫だよ、お兄』

 えっ。これはまさか……


「遙香なのか」

『うん。お兄久しぶり』

 おいちょっと待ってくれ。

 感情と理解と思考が追いつかない。

 ただ涙が出てきてしまう。


『大丈夫、お兄』

『こっちは大丈夫だ。それより遙香は大丈夫なのか?』

 聞かれると恥ずかしいので伝達魔法に変更。


『私の方は問題無いよ。本当はすぐにでも起き上がれる状態。でもこのまま帰るとお兄のところや家に変な人が来ても困るしね。だからちょっと帰るのには時間がかかるかな』


『大丈夫なのかそれで』


『ここまで来れば心配いらないよ。あとは向こうの世界とこっちの世界との同時進行の作戦になるけれどね。とりあえずお兄にやって欲しいのは私の受け入れ準備かな。ちょっとその前にお兄、今うちの家がどうなっているとか、お兄の記憶で確かめていい?』


『ああ、もちろんだ』


『なら額と額をくっつけて。そうやって読むから』


 俺は寝ている遙香の顔に顔を近づける。

 まつげが長めでやっぱり美人だな。

 あとやっぱり綺麗になったと感じる。

 かすかに甘い匂いがするような気もするかな。

 なんて考えつつ、おでこをくっつける。


 ふっと色々な情景が流れたような気がした。

 速すぎて意識では追えない。

 それでも懐かしいと感じるなにかを見た気がする。

 何故か涙も出てきそうだ。


『もう大丈夫、ありがと』

 俺は額を離す。

 涙をこぼさないよう少し注意して顔を元の位置に。


『ごめん。お兄にもお母さん達にも苦労させちゃったね』

『遙香が戻ってくればそれで問題無い』

『なら母屋の私の部屋、掃除しておいて。あそこに帰る事になると思うから』


 俺の家は元々実家の敷地だった場所の半分を区切って建てている。

 残った実家部分にはかつて遙香とその両親、伯父と伯母が住んでいた。

 遙香がいなくなった後、伯母達は近くのマンションへと引っ越した。

 遙香の事を思い出してしまうのが辛くて。

 でもあの家はまだ残っている。

 晴れた日なら1日に1回は母が窓を開けて風を通したりして。


『そっちのやる事の方は大丈夫なのか?』

『緑先輩と私と向こうの私、向こうの緑先輩で大丈夫だよ。何をするかについては先輩達に聞いて』

『わかった。あの家はすぐに使えるようにしておいてやるから』

『お願い。来週中、もう今週中かな、には帰れると思うから』

 それくらいは余裕で待てる。

 とりあえず今日帰ったら実家部分の掃除だな。


「どうだ。積もる話は済んだか」

 これは茜先輩だ。

「よし、なら歩きながら作戦の概要を説明しよう」

「ここを離れるんですか」

 どうにも遙香をこのままにしておくのは心配だ。


「大丈夫だ。遙香はもう実質目覚めている。それに組織が今夜の事を知るのは火曜日以降になる予定だ。これから緑と遙香でそういう工作をするからな。結果、組織がこの事を知るのは全てが終わった時になる。組織自体の終わりがはじまった時にな。もう勝負は終わったんだ」

「心配ない」

 緑先輩もそう言うなら大丈夫だろう。


「それじゃ遙香、またな」

 そう声をかけて部屋を出る。


「それでどうするんですか、具体的には」

「大した事じゃない。遙香に意識を取り戻して貰うだけさ。幸いというか予定通りというか、本日の当直医は遙香の担当だ。目覚めた処で聴取した結果、遙香がここにいる経緯に不審点を発見する。直ちに調査した結果外部組織による不正な取り扱いがあったという事で警察へと速報が入る。組織の方は通常通りという偽の報告があがっているからそれに気づかない。結果、火曜日には組織に対して大々的な捜索差押えが入るって訳だ。もう遙香だけの問題じゃない。組織の、少なくとも日本支部は壊滅状態になる」


「そんなに上手く行くんですか」

「既に予知済み」

 緑先輩がそう言うなら問題ないか。


「それにしてもなんか孝昭、私に対して失礼じゃないか? 私が言う事は今ひとつ信じないくせに緑が言うと信じるようだ」

「どうも茜先輩が言うと景気がいい事ばかりという感じで」

「なら聞くが私が言った事で正しくなかった事が今まであったか」

 少し考えてみる。


「そう言えば言った通りになっていますね。今の処」

「だろ。だからもっと私を信用しろ。そして敬え」

「そういう処が微妙に不安にさせるんですよ」

「理解」

「緑まで、それは無いだろう」


 そんな事を言いながらナースステーションへ。

「作業」

 緑先輩がそう言って何か魔法を使う。

 相変わらず緑先輩の魔法は俺にはよくわからない。

 でも実績から信頼していい事はわかっている。


「終わり」

 緑先輩がそう言ったので再び歩き出す。

 今度はエレベーターで1階へ。

 ここでもやはり緑先輩が何か魔法で作業をして、そして外へ。

「とりあえずここから最寄り駅まで行かないとな。始発は4時47分だ」

 スマホを出して現在位置と時間を見てみる。

 午前0時30分。


「終電はもう無理ですかね」

「せめて此処を11時半までに出られればな。もう無理だ」

「始発だと向こうには何時頃着きますかね」

「朝7時前って処だな」


 かなり厳しい。

 移動魔法を使っても家に着くのは7時過ぎだ。

 一応魔法で誤魔化してあるから問題は無いと思うけれど。


「何なら移動魔法を駆使して帰りますか」

「都内の道は交通量が多いからな。危ないだろう」

 隠蔽だの欺瞞だのの魔法を併用して移動魔法を使っても、移動する俺自身の実体が無くなるわけではない。

 だから車とぶつかれば当然事故になる。

 魔法で防護していれば俺は平気だが車が壊れる。

 それで騒ぎになるのはやはりまずい。


「JRの駅まで行ければ終電は遅いですよね」

「この時間だと無駄だぞ」


「幸い今日は晴れだし風もやや涼しい。時間つぶしを兼ねてのんびり歩いて行こう」

「仕方ないですね」

 俺達は歩き出す。

 駅まではだいたい4キロちょい。


「駅へついたらどうやって時間を潰しますか」 

「終日営業の店くらいあるだろう。魔法で外見年齢偽ってそこで過ごそう」

「それしかないですけれど、不良みたいですね」

「何ならラブホでも泊まるか」

「遠慮しておきます」

 そんな馬鹿話をしながら、東京都下とはいえ人通りのない道をゆっくり3人で歩いて行く。 

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