第5章 襲撃実行

第24話 病院侵入

 金曜日の夜に魔獣討伐ボランティアが入ったのは幸運だった。

 小遣いという意味では無い。

 これで土曜日に討伐ボランティアが入る可能性がほぼなくなったからだ。


 そんな訳で土曜日の夜。

 最寄りの駅まで乗り継ぎ4回、そこからバスで20分。

 更に歩くこと10分で目的地の病院が見える場所まで来た。


「向こうの態勢は」

「今のところ何もなし。でも警戒しても無意味」

 どういう事だろう。


「拉致の目的で病院敷地内に入った時点で気づかれる。そういう存在」

「相手は何人なんだ?」

「不確定だがおそらく単独。組織で使徒と呼ばれる最強の術者」

 面倒だなまったく。


「あと病院の方は気にしなくていいのか」

「こちらの事は何があっても無視するように魔法をかける」


 そんな便利な魔法があるんだなと思う。

 どうも緑先輩の魔法は俺には理解しにくい。

 単純な物理系とは違い、適用条件や効果範囲等の癖がわかりにくいのだ。

 簡単だと思った事が出来なかったり、ややこしいと思う事が簡単に出来たりする。

 俺も魔道書のおかげである程度の知識系統魔法は使える筈なのだが、その辺どうもなじめない。


「向こうの世界の3人も同じ位置にいる。それでは攻略開始」

 向こうの世界の3人とは、茜先輩、遙香、そして俺だ。

 つまり緑先輩と遙香が入れ替わった形になる。


「それじゃ孝昭、緑の直衛は任せた」

「茜先輩こそ気をつけて」


 今回は緑先輩と俺、茜先輩と2チームに分かれる。

 向こうの世界では遙香と俺、茜先輩とやはり2チームに分かれている筈だ。

 相手は強力だが単独とされている。

 だからこちらは二方向から攻める作戦だ。


 俺達は病院の正面から左側へ回り、中央棟と呼ばれる建物の1階入口へ。

 目的地はここの病棟の5階、閉鎖病棟の一番奥、S501病室

 なお茜先輩も最終的には同じ部屋を目指しているはずだ。

 どんなルートで向かっているかは知らないけれど。

 俺達は正面から階段をのぼっていくコース。


 鍵は魔法で内側から操作すれば簡単に開く。

 建物内へ入り受付前を通り、扉を開けて階段へ。


 受付に人がいるが緑先輩の魔法のおかげで気づかれない。

 この辺のスタッフは普通の人のようだ。

 というかこの病院そのものはほぼ普通の病院で、上層部の一部が組織とつながっているだけだけれども。


 階段をひたすらのぼる。

 2階、3階、4階……

 今のところ魔力の反応は感じない。

 このまま遙香の処まで行けるのでないだろうか。

 ちょっと期待した時だった。

 4階の踊り場を過ぎた瞬間、4階と5階の間の踊り場に気配を感じる。

 とっさに足を止めた。


 ふっと上の踊り場に光の塊みたいな何かが出現した。

 羽の生えた顔という不気味な姿の化物が出現する。


『種類、最下級天使(召喚種)。能力:突風、電撃。弱点:闇、冷気』

「攻撃しま……」

「中止!」

 緑先輩にそう言われて発動しかけた魔法を止める。


「何故ですか」 

「方位魔術。この道は避ける」

 緑先輩が俺達の背後にある扉を開ける。

 俺達は4階フロアへ。


 目の前はナースステーションらしき場所。

 だが忙しいらしく奥を動いている看護師さんの姿が見えるだけ。

 その看護師達も俺達には気づかない。

 緑先輩の魔法は有効なようだ。


「罠ですか。学校で先輩が仕掛けたような」

「然り」

 緑先輩は頷く。

「向こうの階段を確認」

 この建物の間取りは既に把握済みだ。

 上へ行くにはさっきの階段の他、もうひとつの内階段、2基のエレベーター、2つの非常階段がある。

 

「あの階段は使えない。もう1つの階段」 

 もうひとつの階段はナースステーションを挟んで反対側だ。

 そちらの扉を開ける。

 中へ入ると同時に上の踊り場におぼえのある魔力の気配を感じた。

 先程と同じ化物が出現している。


「何か突破する手段はありませんか」

「迂回。エレベーター」

 大丈夫だろうか。

 エレベーターのボタンを押す。

 1台が2階からゆっくり上ってきた。


「この建物そのものに方位魔術が仕掛けてある。だが方位術なら必ず入れる場所がある。奇門遁甲なら八門のうち開門、休門、生門。それに対応する入口を探す」

 エレベーターの扉が開く。

「これも駄目」

 俺にはわからないが緑先輩には見えるようだ。


 先輩はさっと内側の1階のボタンを押し、エレベーターを出る。

 エレベーターの扉が閉まった。表示が下がっていく。  

 先輩はまたボタンを押した。

 もう1台のエレベーターが上ってくる。


「これは大丈夫」

 先輩がそう言うのでとりあえず乗る。

 でも俺の本音としては階段よりエレベーターの方が怖い。

 閉鎖空間だから襲われても逃げ場がないし、扉が開くまで外に何があるかわからないし。

 一応何かがあっても大丈夫なように、魔法をすぐ発動出来るよう準備しておく。


 エレベーターの扉が開く。

 向こう側は暗い。

 さっきと同じ病院とは思えない状態だ。

「降りる。まだ問題無い」

 先輩がそう言うなら大丈夫だろう。

 そうは思うけれど明らかに何かおかしい。


「何でこんなに暗いんですか」

「方位術の中。病院内だが別空間と思った方がいい」

 ちょっと洒落にならない怖さだ。


「大丈夫だんですか」

「ここは大丈夫」

 そう言われてもやはり怖い。

 遙香がいるから逃げる訳にも行かないけれど。


 ふっと緑先輩の魔力が動いた。

 黒い人型が6体出てくる。


「敵ですか?」

 先輩は首を横に振る

「方位術の中だから私の魔法でも門は見えない。使い魔で様子を見る」

 使い魔の人型はそれぞれ別方向へ歩き始める。

 ホールから右前方向、右方向、右後ろ方向。

 同じく左前方向、左方向、左後ろ方向。


 ぐちゃっ。

 右前方向へ歩いて行った人型が潰れた。

 魔力の気配が霧散する。

 つまり間違えて右前に進んだらああなるという訳か。

 本当に洒落にならない。

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