第22話 襲撃の失敗
「昨日は酷いでござる。制服が砂だらけでござる」
朝一番から内海に文句を言われる。
「だから離れた方がいいって先に言っていただろ」
「何があったんだ?」
今日は珍しく早めに来ていた小川が尋ねる。
「川崎らの魔法研究会が校庭の端で練習をしているから見に行ったでござる。そうしたらいつの間にか横になって寝ていたので候。おかげで制服が校庭の砂で汚れてしまったのでおじゃる」
「だから離れた方がいいって先に言っていただろ。見物会ではないんだしさ」
「派手な魔法だの魔物だのが出てきてヤバいって運動部の連中が言っていた奴だろ。それくらいで済んで御の字じゃないのか。制服と言ってもどうせ学生ズボンとワイシャツを洗濯するだけで済むんだし」
小川はどうやら俺の味方らしい。
「うちはマンションだから夜中に洗濯機を回せないのでおじゃるよ」
なるほど、と思いかけてはっと気づく。
「お前の家のあたり、マンションなんて無いだろ!」
緑豊かな田園地帯の筈だ。
「しまったバレたでおじゃる」
こういう奴なのだ、内海は。
「でもどうして最近また魔法の練習なんて始めたの? 前に一度やって、運動部から苦情が来てやめたって聞いたけれど」
これは西場さんだ。
「別に苦情は来ていないけれどな。ただ確かに目立つから控えてはいたけれど」
「なら何で再開したの? ひょっとして自主作製映画に協力してくれる為……」
「という事は断じてない」
そこははっきり言っておこう。
「近々ヤバい事態が起きるかもしれない。そんな予知があったんだ。それに最近、ボランティアでの出動も多いしさ。出てくる魔獣も前より強くなっているし、鍛えておくにこした事は無い」
予知はともかくボランティアの方は本当だ。
先週も夜に2回も出ていたりする。
こっそり出て某組織を襲ったのは別としてだ。
しかも4月頃は簡単に倒せる魔獣ばかりだったのに、今は同じ牛型でも2回り大きく耐久性が強いなんて奴が多い。
俺自身も魔道書でパワーアップしているから何とかなっているけれど。
「でもボランティアとは言え報奨金が入るのは羨ましいでござる」
「その分睡眠不足になるんだぜ」
朝が結構辛い。
「でも小遣いが増えるのは魅力だよね。我慢していて買えない本も買えるだろうし。本って一度買いそびれると後で買おうと思っても買えなくなる事があるし」
これは森川さん。
確かに本ってそういう事があるよな。
そう俺が思った時だ。
「森川の場合は本は本でも怪しい薄い本でおじゃる」
おいまて内海、それはどういう本なのだ。
聞こうと思ったが俺の口より早く森川さんの腕が動く。
「内海、だから余計な事を……」
森川さんの腕が内海の首にしっかり決まる。
「ギ、ギ……」
内海はギブアップと言いたいが声が出ない模様だ。
机をトントン叩いて主張しているが受け入れられない模様。
そんな日常が繰り広げられているまさにその時だった。
ふっと嫌な風が吹いた。
いや風じゃない、これは魔力だ。
「うう……何か眠い」
「何だこ……かゆ……うま」
小川が、西場さんがばたばたっと倒れる。
俺を除くクラス全員が倒れるか机に突っ伏した感じだ。
睡眠魔法、それほど強力ではないが範囲がかなり広そうな感じだ。
何かヤバい事態が起きているがとりあえず内海の喉が決まったままだ。
死なないように少し緩くしておこう。
森川さんの腕を動かそうとして思った以上の胸のボリュームに気づく。
これ全然洗濯板じゃないじゃないか。
そう思いつつ腕を外してと。
魔力の気配を感じる。
校庭方向だ。
やはりこれは敵だろうか。
先輩達と合流すべきだろうか。
そう思った時だ。
『孝昭、聞こえるか』
茜先輩の通信魔法、今まで使う機会は無かったが念の為に練習しておいた奴だ。
『聞こえます』
『敵の襲撃だ。でも動く必要はない。既に緑が対処済みだ』
俺の通信魔法も通じたようだ。
でも緑先輩が対処済み?
攻撃魔法はどちらかというと俺や茜先輩の得意範囲だったと思うのだけれども。
『緑先輩が?』
『この可能性を予知して学内各所に罠を仕掛けてある。だから今はあえて動かず魔法も使わないでそのまま待機していてくれ』
緑先輩が仕掛けた罠か。
『罠ってどんな魔法なんですか』
『放課後に解説する』
うーむ。
仕方ないのでそのまま教室で待機する。
罠と言っていたがどういう魔法なのだろう。
敵とはやっぱり組織なのだろうか。
今までの術者と比べ魔力が大きい感じだが更に新手が出てきたのだろうか。
今までと違い他の生徒も巻き添えという感じだけれど、方針を変えたのだろうか。
疑問はいくつもある。
そう言えばこの事態、この教室だけでなく学校全体に及んでいるのだろう。
この原因等について学校側に説明を求められたりしないだろうか。
その場合どう説明すればいいのだろうか。
組織とか敵とか言っても信じて貰えるのだろうか。
校庭付近にあった魔力反応がふっと切れる。
完全に消えた訳では無い。
薄くはなりつつも気配は存在していて、しかも動いている。
校舎と反対側の方向へだ。
これは逃げているのだろうか。
うちの高校は城跡でもある台地の中腹を切り崩して平らにした場所にある。
学校外へ出る正規の道は1箇所しかない。
獣道のような正規でない抜け道は俺の知っている限りでは2箇所ある。
地元のガキしかしらないような道だが、魔力反応が辿っているのはそれでもない。
あの辺は林になっているただの斜面だ。
あれは緑先輩が仕掛けたという罠から逃げる為の必然のルートなのだろうか。
むくっ。
教室内の生徒が動き始めた。
「あれ、私のチョークスリーパーが外された」
森川さんがそう言って再度内海を捕まえようとする。
「もうやめて、私のライフはゼロよ!」
「ここはずっと私のターン!」
内海と森川さんが怪しい攻防を繰り広げている。
まるで今の睡眠魔法がなかったように。
ひょっとしたら魔法持ち以外、今の攻撃に気づかなかったのかもしれないな。
俺がそう思った時、チャイムが鳴り始めた。
同時に前の扉が開き、地理の先生が入ってくる。
授業開始時間だ。
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