第20話 平和な教室

 俺は遙香が死んだとされる状況をもう一度思い出す。

 俺自身は現場を見た訳では無い。

 あくまで伝聞だ。


「遙香が死んだ事故。車が突っ込んできたというのも、救急車がなかなか来なかったというのも全部嘘だったんですか」


「ある程度は元になる事案はあったのだろう。事故にならない程度に実際に車に突っ込ませるとかは。あとは魔法による記憶操作だ。車に突っ込ませたのも何らかの魔法を使ったのかもしれない。緑みたいに人の記憶も操れる魔法使いがいれば簡単だ」


 確かにそうだ。

 でも、それなら……

「遙香を取り戻せるんですね、俺は」

「そういう事だ。時を超える魔法は必要ない」


「いつ行きますか」

「何もなければ来週の土曜の予定だ。あとこれは向こうの世界との合同作戦になる」

 向こうとの共同作戦?


「何故どうやって共同作戦をするんですか?」

「向こうの世界とこっちとで同時に仕掛ければお互い成功確率は上がるんじゃないかと思ってな。連絡はこっちの緑と向こうの遙香ちゃんが相互に可能だそうだ。

 ただ懸念材料もある」


 懸念材料か。

 何だろう。

「今までと違うレベルの敵」

 レベルが違う敵か。


「どんな敵ですか」

「この世界と近づいてきた魔法のある世界を含むすべての世界を見下ろし、全ての場所へと現れ、全ての攻撃を受け付けない存在。組織こと騎士団の第一階級君主ロード・オブ・ジャスティス


 ちょっと待った。


「何ですかその出鱈目な存在は。話半分にしても強すぎるじゃないですか」

「今までの戦いは所詮ローカルレベルだったからな。だが病院で眠っているのは組織における次代の重要人物『預言の子』。だから当然エース級の奴が出てくる訳だ」


第一階級君主ロード・オブ・ジャスティスは全ての世界において『預言の子』を保護するとされている。故に奪還する為には戦いは避けられない」


 洒落にならない。

「俺達で勝てるんですか」

「だから向こうの世界にも協力を求めた。大丈夫、勝ち目がない訳ではない」


 茜先輩は自信たっぷりだが、いまひとつ信用できない。

 なにせこの人、いつも自信たっぷりだから。

 だから俺は信用できる方の先輩に尋ねてみる。


「緑先輩、本当に大丈夫なんですか」

「勝率は5割程度」


 五分五分か。

 危ないじゃないかと言おうとして、そして思い直す。

 遙香を取り戻せるなら悪い勝負ではないか。

 なら俺がするべき事は……


「新しい魔法の獲得と魔法の訓練ですね、やるべき事は」

「ああ」

 茜先輩が頷く。


「本当は新しい魔道書も手に入れたいのだが時間が無い。遠方にあったりすぐには出せない図書館にしまわれたりしているからな」

「病院で、しかも相手が格上となると使い魔関係か寒冷魔法、短距離の雷撃魔法あたりですか、有効なのは」

「その辺は各自工夫」

「そんな訳でまずは練習だな。行くか」

「ええ」


 前にも魔法を練習した学校の敷地外れ。

 あそこなら多少崖が崩れる程度で他に影響は無い。

 使い魔を出してもせいぜい運動部の一部の連中に見られるくらいだ。

 あとボランティアの魔獣退治で使い魔を使ってみるのもいいかもな。

 そろそろ今週あたりありそうな予感がするし。


 ◇◇◇


 翌朝。

「何やら面白危ない事をやっていた。そう聞いたでおじゃる」

 朝来て早々内海にそんな事を言われる。


「何だそれは」

「昨日の放課後、校庭の隅で面白くてヤバそうな事をやっていた。そう野球部の連中に聞いたで候。怪しげな化物と素手で戦ったり、竜巻をおこしたりして見るからにヤバそうだった。そう言っていたでおじゃる」


 思い当たる事は勿論ある。

 昨日の魔法訓練だ。


「魔法の訓練を本格的にはじめたからさ。それだろう」

「それはあの美麗な先輩2人も一緒でおじゃるか?」

 何気にその辺、毎回こだわるな。


「美麗かどうかは別として先輩2人も一緒だ」

「ううー、羨ましいのでおじゃる。ひいきでおじゃる。運命の神に文句を言いたいでおじゃる」

 こいつの反応は相変わらずだ。

 その分気楽でありがたいとも言える。

 俺が魔法を使えるからといって特に変わりなくやってくれるから。


「なら見えるように雷を落とすとか、戦隊シリーズのTV番組のように何でもない場所を爆発させたりとかも出来るでおじゃるか?」

 何だそれ。

「一応出来るけれど、それが何か」


「本当、それ?」

 突然背後から別の声に割り込まれてちょい驚く。

 気がつけば何ということはない。

 内海の相方にして懲罰担当、森川さんだ。


「その程度なら出来るけれど、何で?」

「なら背景に薔薇の花を大きく浮かべたり百合の花を浮かべたりは」


 ちょっと待て。

 本当になんなんだそれは。

 そうは思ったのだけれど森川さんの剣幕にそう返せない。

 

「流石にそれはやってみた事は無いけれど……」

「なら出来るかどうかやってみて」


 背景に薔薇の花を浮かべるか。

 使い魔召喚の方法で出来るだろうか。

 赤い薔薇、それもふんわりと、そして大きく。

 使い魔状態だと怖いから霧みたいな属性にしてと。

 なかなか難しい。

 とりあえず小さいので試そう。

 色のついた微粒子で、なおかつ服や教室を汚さない代物。

 それが薔薇の形に浮かんで……


「おお、凄いわこれ。まさに少女漫画のあの感じ。出来ればこれをもっと大きく」

「ちょい待ってくれ。これ、思った以上に魔力を使う」

 あの戦闘用メジェド様とくらべものにならない位面倒で出しにくい。


「でもありがとう。これでいざという時使えるわ」

「何に使うつもりなんですか」


「女子漫研は十月の文化祭に向け、夏休みに映画を撮る予定なのでおじゃるよ。おそらくそれに使えないかと想像したのでおじゃろうな」


 本人ではなく内海が答えてくれた。

 でも何だそれ。


「これで耽美な漫画表現も実写でかなり近いものに出来るわ。

 森川さんのこの台詞でやっと状況が飲み込めてきた。

 あの少女漫画でよくある背景に花を背負った表現。

 あれを俺の魔法と実写でやろうという事なのだろう。

 俺の想定外の魔法の使い方だ。


「だがその前に、男子漫研の映画でまず川崎の魔法は使わせて貰うでおじゃるよ」

 おっとちょい待ってくれ。


「内海、漫研に入ったのか」

「帰りのバスの時間、ただ待つのが面倒になったでおじゃる」

 おいおい。


「男子漫研という事は、まわりは全員男子か。悲惨だな」

 小川の台詞にうんうんと内海は頷く。

「そうなのでおじゃるよ。悲しいけどこれ戦争なのよねなのでおじゃる」


 いやその台詞悲しい以外関係ないだろう。

 それにだ。


「男子漫研と女子漫研って何故別れているんだ。どうせなら同じ部にすればそれで済むと思うのだけれども」


 俺の台詞を聞いた内海は目を瞑って首を左右に振る。

「世の中には見ない方がいい世界というのもあるのでおじゃるよ」

「どこが『あなたの知らない世界』だ!」

「見ると寿命が80日縮むのでおじゃる」

女子漫研うちのぶは恐怖新聞か!」


 うん、平和だ。

 ふとそう感じる。

 魔法をこんなくだらない事に活用するなんて発想、平和で無ければ浮かばない。


 俺は遙香を連れてここに帰ってこれるだろうか。

 いや違う、帰ってくるんだ、絶対に。

 そう思いつつ毎度お馴染みどつき夫婦漫才を生暖かい目で鑑賞する。

 どうせ本当に危険な状態になれば西場さんが止めてくれるだろう。

 そう思いながら。 

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