第3章 先輩達の目的
第14話 下校前の茶番劇
「次の魔道書は明日の土曜だな。ちょっと遠すぎる」
なんて話しながら昇降口を出たところだった。
今日は俺達3人の他には誰もいない。
いつもならもう少し他の生徒もいるのになと思いつつ校門に向かうその時。
「この時間帯を日本の古えの言葉では逢魔が時と呼ぶそうだ。魔を狩る時間としてはまさにぴったりだと思うがどう思うかな。暁の魔女とその御友人は」
そんな声が聞こえた。
同時にふっと手を強く引っ張られる。
緑先輩だ。
「離れる」
どういう事だ。
緑先輩に引っ張られて昇降口側へ戻りつつ茜先輩の方を見る。
「ついにこっちでもご登場か、異端審問官」
黒いスーツ姿の男はわざとらしく一礼してみせた。
「神の栄光を遍く伝えるべく使わされる。それが私の役目」
「組織が語る神の栄光とやらが既に神に見放されつつある今もか」
「冗談を。神は人との契約の為にただひとつの組織をつくりたもうた」
「神と人の間に組織はいらない。そんな抗議は500年も前からあっただろう」
そんな会話をしつつも茜先輩と男はそれぞれ向かい合って間合いをとる。
だいたい20メートルくらいだろうか。
「大丈夫なんですか」
「問題無い。茜の方が強い」
そうなのか。
「それでは今度こそ貴方を浄化しよう」
「出来るものならな」
今度こそと言う事は何度か同じようなやり合いはあった訳か。
そしておそらく茜先輩が勝ち続けていると。
「召喚! 裁きの獣!」
黒山羊より更に巨大で、かつ禍々しい化け物だ。
色は真っ黒で頭はライオンの雄。
それに蝙蝠のような翼がついている。
更に尻尾は蛇だ。
魔力的にもあの大きい黒山羊より数段強そうな感じを受ける。
俺だと全力の魔法でかかる必要がありそうだ。
いやそれでもヤバいかもしれない。
『種類、裁きの獣(召喚種)。能力:雷魔法、炎の咆吼。弱点:特になし』
判定魔法ではこう出てくる。
「無駄だな」
茜先輩が魔法を発動する。
巨大な氷の槍が出現して次の瞬間、黒い獣の口から胴体を貫通した。
「この通り。茶番は無意味だ」
あっさり。
というか茜先輩、強すぎるだろう。
「やはり獣では通用しないか。なら仕方無い。私自らの手で浄化させていただこう」
男はどこからともなく剣を取り出す。
細くて長い片手剣だ。
フェンシングの剣にも似ている。
「無駄だ。出でよ剣闘士!」
今度は茜先輩が召喚をかけた。
黒い姿のやはり片手剣を構えた黒い剣士が出現する。
先輩が召喚魔法を使ったのをはじめて見た。
確かアルス・ノトリアに教わった魔法に召喚魔法もあった気はする。
まだ俺自身は使った事はないけれど。
黒い召喚剣士が男に仕掛ける。
おっと、男の方も上手い。
いい勝負になっている。
これは危険かな。
そう思った時だ。
「それでは異端審問官、剣闘士としばし遊んでいるがいい。緑、孝昭、帰るぞ」
茜先輩は置いた鞄を手に取って歩き出す。
大丈夫だろうか。
そう思ったが緑先輩が普通に歩いて行くのでそれに従う。
「むう、これくらい」
「言っておくがその剣闘士、貴様と同じ程度の腕はある。ついでに言うと刺しても突いても倒れない。更に言うと全属性魔法の抵抗力もある。ゆっくり剣闘を楽しむがいいだろう」
どうやら茜先輩の圧勝のようだ。
状況的には。
「あれ、放っておいていいんですか?」
「あと十分もすれば解放する。問題無い」
何だか異端審問官と呼ばれたあの男が少々可哀想な気すらしてくる。
一応敵なのだけれども。
「こっちの世界の*****の実力なんてあの程度だ。これでも私は一応穏便に済ませている。緑なんて本気になったらもっとえぐいぞ。孝昭だって本気になればあれくらい大した事無い筈だ。ただ一応ここは現代日本だから殺したりしちゃまずいだろう。だからこうして始末している訳だ」
「記憶と魔力を消した方が楽だと思う」
「いや、あのキャラクターなかなかいいだろう。実際あいつ、なかなか楽しい奴だぞ。それに下手にあいつを再起不能にして、次に派遣される異端審問官が面倒な奴だったら嫌じゃないか。だからとりあえずあいつのままがいい」
そう話しているという事はだ。
「あの異端審問官、前から来ているんですか?」
「こっちの世界でははじめてだ。そう言えば緑も孝昭もはじめてだったな。向こうだともう5回ほど顔をあわせている。もうお馴染みだ」
なるほど。
聞けば聞くほどあの男が可哀想になってきた。
「緑先輩に任せてさっさと記憶と魔力を消した方が彼の為にもなりそうですけれど」
「同意」
緑先輩も同意見の模様。
「たまには奴と遊ばないとどうにも気が済まなくなってさ。それにあれでも大分強くなったんだ。最初は黒羊しか出せなかったのに今はキマイラまで出すようになってさ。あの組織の中ではなかなか努力家だな。もう少し鍛えればリバイアサンとかベヒモスあたりも出せるようになるかもしれない」
「それって危険じゃないですか」
確かそれっては聖書にも出てくる洒落にならない化物だと思うのだけれども。
「問題ない。所詮人が呼び出せる程度の怪物だ。本当に怖いのはそんなものじゃない。呼び出さないのに出てきてしまうものなんて出たら最悪だ。まあその心配は等分無いと思うけれどな」
それって、一体……
「どういう意味ですか」
「さてな」
茜先輩はそう言って肩をすくめてみせる。
「まあその辺は別の話だ。それより次の土曜だな。今度の魔道書『ゴエティア』はかなり剣呑な奴らしい。今回の異端審問官とは比べものにならない程度にな。だから魔法を鍛えておいた方がいいと思うぞ」
「そんな危険な本なんですか」
「何せ悪魔を呼び出して使役する魔道書だからな。こっちの世界では」
おいおい。
「なら別の本を先に回した方がいいんじゃないですか」
「レメゲトンの5冊を読むにはゴエティアを最初にするのが一番楽な筈だ。少なくとも向こうの世界の私の知識ではそうなっている。だからまあ、覚悟を決めるんだな」
「大丈夫なんですか」
先輩はいつもの笑みを浮かべる。
「まあ孝昭でも本気になれば問題無いと思うぞ」
「本当に大丈夫なんですか」
「多分な」
「多分ですか」
緑先輩が何も言わないところがどうにも怖い。
本当に大丈夫なのだろうか。
まあ駄目なら緑先輩が止めてくれるよなきっと。
そう思いつつ俺は自転車置き場へ。
先輩達は校門方面へと別れる。
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