第13話 茜先輩の記憶

「戻ったな」

 茜先輩の声。

 元の図書館、書架の前だ。


「ええ」

「それじゃ帰りの途中に話を聞こう」

 本を戻し、図書館を出る。


「今度の魔導書は割と話がわかる奴だったな。神うんぬんと最初に言うからてっきり本気の戦いになるかと思ったのだが」

「こっちもすんなり力を渡してくれた感じです」

「内容も召喚術とか記憶術、判定魔法といった感じかな?」

「ええ」

 深さには違いがあるかもしれない。

 でもジャンル的には俺にも茜先輩にも渡された知識は同じようだ。


「残念だったな。過去へ戻る術が無くて」

「次の魔導書に乞う御期待という奴です」

「先輩達的には成果はどうですか」

「まずまずといったところだ」

 なるほど。


 緑先輩が何も言わないところからして、どうも帰りは襲われることは無さそうだ。

 そう思ってふと気づいた事を聞いてみる。


「それにしても向こうの組織って戦力不足なんですか。今日の敵は専従工作員だったんですよね。その割にはあっさり倒せましたけれど」


「さっき孝昭が倒したのは、本当はかなり強い魔獣だ」

 茜先輩がそんな事を言う。


「その割にはあっさり倒せましたけれどね」

「そもそも魔獣は一般人が勝てる代物じゃない。だから一般人に対して繰り出すなら最初の魔獣、あの黒羊で充分だ。あれでも警察官の拳銃程度では倒せないからな。黒山羊の方ならそれこそ1頭につき兵隊の1個小隊レベルが必要だ。個人で任意に繰り出せる力としては充分以上に強力だろう」

 そう言われてみれば確かにその通りだ。


「つまりそれだけ孝昭が強い訳だ。もちろんそれだけが原因じゃないけれどな」

 茜先輩の台詞に緑先輩が頷く。

「魚座時代の終わり」

 それはどういう意味だろう。


「あの組織は魚座時代を代表するもので水瓶座時代となっては単なる遺物。よってその力は衰える運命にある。だが組織はその運命を超える力を得る為、禁術で他の世界の知識を引き寄せた。それがこの事態の始まり」


 いきなり話が大きくなった。

 でもそういう事は、つまり……


「他の世界の記憶を俺が手に入れたのはそれがきっかけだった訳か」

「その通り。魔獣が出るようになったのもそれが原因」

「更に本来入手するつもりだった知識が組織外の意図せぬ人間に渡っただけじゃない。異世界から召喚した筈の『本来の魔道書』までも散逸してしまった」


「それが俺達が見た魔道書ですか」

「ああ」

 先輩2人ともうなずく。

 話は通っている。

 だが疑問もある。


「何故先輩達はその事を知っているんですか?」

「緑の場合は魔法で、私の場合は向こうからの記憶でだ」

 先輩はにやりと笑う。


「どうも私は向こうではそこそこ有名な魔女だったようだ。向こうの世界の*****の組織ともやり合っていたらしい。向こうの世界の*****はこっちより数倍は有害な組織でさ。魔法や魔術の知識を独占し新たな発見を奪い取り、従わない者を迫害するなんて事をやっている訳だ。現在進行形でな。

 ただ向こうでも魚座時代の終わりと水瓶座時代の始まりの影響を受け、勢力がかなり弱まったいる。そんな訳でこっちと同様の計画を実行した訳だ。異世界の知識を得て、あわよくば独占して栄光を取り戻そうってな」


 かなり壮大な話になった。

 でも本当だろうか。

 俺は向こうの世界の記憶を思い出してみる。


「向こうの俺はあまりそういう記憶は無いですね」

「一般人には見えないところで動いているからな。それに日本は元々異教の地だから影響が少ないというのもある。

 30年くらい前に日本の学者が発表した産業用の高密度基本魔法式がスーパー301条に引っかかると言われて潰されたのは記憶に無いか。生まれる前だし無理か」

 そう言えば何かそんな話を聞いた事があるような気がする。

 向こうの俺の記憶だし定かではないけれど。


「まあそんな訳で私はそんな事を知っている訳で、ついでに言うと*****が嫌いな訳だ」

「とりあえず茜先輩の魔法が規格外だという事は良くわかりました」

 向こうでも有名な魔女だった訳か。

 ならあの破壊力も当然だよな。

 でも先輩の年齢は本来俺と1歳しか変わらない筈だ。

 それで有名な魔女だなんて、どれだけの事をやらかしたのだろうか。


「言っておくが有名だというのは向こうの世界の私が何かしたという訳じゃない。私に名を譲った先代の『暁の魔女』が有名かつ色々やらかしたというだけだ。日本ではその辺の活動すらほとんど知られていないけれどな。私自身はせいぜい*****相手にちまちま戦っている程度で、表に出るような事は特にしていない」


 なるほど。

「暁の魔女ですか。なかなか格好いい通り名ですね」

「通り名に意味は無い。単に先代が炎の魔法を多用していたからついただけだ」


「でも何故その名前を譲り受けたんですか」

「たまたまだ。奴が寿命を迎えた時に知識を託した先が、たまたま思考の質が似ていた私になっただけだ。その辺を知っているのも私と緑と、あとは私の敵だけだな」

「向こうでも緑先輩と知り合いなんですか」

「その辺は微妙だな。向こうの私は向こうの緑を知っている。でも向こうの緑が向こうの私を知っているかはわからない」


 そうなのか。

 俺の記憶では向こうの世界とこっちの世界はほとんど同じような気がする。

 向こうの俺は別の学校に通っているけれど。

 でもそう言えば茜先輩は向こうでも同じ学校にいる記憶がある。

 全く違う学校だけれど、やはり魔法研究会の先輩で。

 名前も二宮茜で間違いない。


「茜先輩、向こうでは国立の寮付きの学校にいた筈ですよね」

「思い出したか、孝昭」

 向こうではあまり話をしたことがない。

 でも俺や向こうの世界の遙香が所属している魔法研究会にいた筈だ。


「でも暁の魔女というのは知りませんでしたね」

「その辺は課外活動とはまた別だからな」

 そうなのか。


 あと緑先輩にあたる人はどうも思い出せない。

 少なくとも研究会にはいなかった気がする。

 5年生……向こうは中高あわせて6学年制だから5年生なのだが、その教室でも多分いないと思う。

 何せ1学年1クラスしか無いから1学年上もだいたい顔はわかる。

 先輩は向こうの緑先輩について微妙な事を言っていたよな。

 その辺どうなっているのだろう。


 聞こうかと思ったが今回はやめておいた。

 何か聞かない方がいいような気がしたのだ。

 単に俺の気のせいかもしれないけれども。

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