第12話 二冊目の魔導書

 俺が5頭目の黒山羊を倒したところで茜先輩が告げる。

「見つけた。もう少しだ」

 術者を見つけただろうか。

 もう少しで倒せるという事なのだろうか。

 どちらにせよ俺が今やるべきなのは目の前の魔獣退治だ。


 6頭目の黒山羊は今までと比べ、倍以上の大きさだった。

 だがやる事は同じだ。

 大きさを考慮し魔力を倍つぎ込んだ雷魔法を放つ。


「ぐおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおお……」

 かなりタフなようだ。

 まだ消えない。

 続いて第2撃、念の為第3撃の雷魔法をたたき込んで気づく。

 奴の魔力が膨れ上がりつつある。

 ヤバいか。


 咄嗟に風魔法で障壁を展開。

 次の瞬間、黒山羊が爆発した。

 障壁で手前側を護りながら風魔法で爆風を押さえつける。

 出来れば音もあまり響かないように。

 幸い辺りに他の人影は無い。

 

 爆風の圧が減り、魔力も消え失せていく。

 新たな魔獣発生の気配は無い。

 どうやらこれで終わりのようだ。


「お疲れ。こっちも終わった」

 茜先輩の声。


「術者はどうなりましたか」

「倒した」

「気絶して倒れている筈だ。なお魔術関係の記憶は完全に壊したそうだ。今回はただの善良な一般信者ではなく工作員に近い輩だったからな。多少他の記憶も壊れてるかもしれないが知ったこっちゃない」


「そういう専従員みたいな連中までいるんですか」

「世界的な組織だからな。一般信者等から絞りとった金でそんな事も出来る訳だ」

 なるほど。


「嫌いになれそうな組織ですね」

「本来は発展途上国とか紛争地域、難民キャンプ等でボランティアするという名目の金なんだがな。まあそういう場所でもボランティアやりながら布教活動、更には政治的活動までやっていたりするけれどな。浄財がそんな使い方をされていると知った日には善良な信徒は泣くだろうな。勿論全体がそういった事をしている訳ではないが」


 でもまあそんなものだよな。

 そう思ってしまう俺も茜先輩に毒されているのだろうか。


「それより早く図書館へ行こう。この様子ならそんなに心配しなくてもいいとは思うけれどな」

 その辺少し気になるので聞いてみる。


「図書館から魔道書を盗み出すとかは考えなくていいんですか」


「今みたいな三下の術者程度じゃそれなりの魔道書をどうこう出来やしない。魔道書の方が力は上だ。ガーヤト・アル=ハキームも言っていただろう。『我が知識をひもとこうとした者に、能うべきものを与える』と。奴らはその為に最適な場所へと自分で動いて居座っている訳だ。その意に背くなんてのはよほどの術者か、さもなくば書に好かれているかでないと無理だ」

 なるほど。

 

「あと一応さっきの爆発の音は風魔法で相殺かけといた。だから此処に注目が集まるなんて事もない。感謝しろよ。そっちでも大分抑えていたみたいだけれどな」


「ありがとうございます」

 ここは素直に礼を言っておこう。

 確かに俺だけの力ではもう少し音が響いたと思うし。


「さて、この辺から街へ戻るか。そろそろ図書館の筈だ」

 堤防をのぼり反対側へ。

 そのまま下りていって道を北側へと入る。

 ほんの2ブロック歩けばいかにもという感じの建物だ。


「さて、今度も分類上は310番台だから政治学のところだ。名前は『アルス・ノトリア』。アではじまる本は探しやすくていい」


 ここの図書館はわりと小さめだ。

 図書館が独立して存在するタイプとしては最小限クラス。

 なので本は探しやすい。

 あっさりとそれらしい、周囲から浮いている分厚い革装の本が見つかる。


「それでは挑戦するか」

「ええ」

 緑先輩も頷いた。


 茜先輩が表紙を開く。

 おぼえのある浮遊感の後、やはりおぼえのある白い世界。


「我は全能の神、我らの主、真の生ける神の御名によりソロモンに下された教えを求めるに値する者に伝うべくあるものである。

 汝らは何故に我及び我が知識を求むる。口に出さずとも良い。たた思い浮かべただ願え。汝らの願いが正当なものであらば、汝らの力量に応じて我が使えるべき知識と知恵を与えよう」


「正直に願うべき」

 これは緑先輩のおそらく俺へのアドバイスだ。

 つまり遥香を取り戻す為と正直に願うしかないのだろう。

 そう俺が思ったのとほぼ同時だった。


『何故既に終わりし事を変えようと欲す?』

 声ではない。

 思考に直接働きかけてくる意思というべきだろう代物だ。

 魔導書からの問いかけだとすぐにわかった。

 そうやら俺の思考を読んだようだ。


 ただ何故と聞かれてもすぐには答えられない。

 理由はいくらでもある。

 遥香にいてほしいと思うから。

 遥香があれでは可愛そうだと思うから。

 もっと遥香に長く生きて欲しかったから。

 遥香に……

 

 そんなまとまりのない思いの中から必死に答えをまとめようとしている最中に。

『思いは理解した』

 そう意思が伝わる。

 やはり今度の魔導書は考えを読むようだ。


『ではもし過去を変えるには代償が必要、そう我が告げた場合はどう判断する』

 代償か。

 代償が何かわからなければ判断は出来ない。

 ただ1人の人間が生き返るとなるとだ。

 ありがちなのは別の人の命が必要という奴だ。

 例えば俺の命が代償なんていうのだったらどうするか。

 俺だって死にたくはない。

 でも遥香には生きて欲しい。

 どっちか択一と考えた場合は……


 否定しようと思っても否定できない。

 俺は遥香が生き返る方を選んでしまうような気がする。

 俺自身だって死にたいとは思わないけれど。

 それでも、きっと……


 俺は聖人君子ではない。

 だから嫌な奴の命でよければ代償として使用して構わないと思ってしまう。

 ただそう思えるということはきっと代償としての価値はないのだろう。


 そして代償としての価値がありそうな知り合い、知人、家族の命と選択となると、間違いなく俺は選べない。

 俺が使って構わないと思うのは、俺にとって価値のない奴らの命か、さもなくば俺自身くらいだ……


『我が問いへの回答は受け取った』

 今回も俺の思考から勝手に回答を引っ張り出してくれたようだ。

 俺自身はちゃんとした回答を自分では理解出来ていないのだけれども。


『だが我が持つ知識と知恵の中には過ぎ去った過去を変える技術は記載されていない。故にそなたが必要な知識を我が与えることは出来ない。ただし……』


 ただし、何なのだ。

『我が知識の一部をそなたに与えよう。この知識がそなたの願いにたどり着く、あるいはそなたの願いの答えにたどり着く礎のひとつになる事を願って』

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