第10話 魔女は*****が嫌いです

 月曜日の放課後。

 俺達、つまり俺、茜先輩、緑先輩の3人は鞄を準備室において学校敷地の外れまで来ている。

 理由は勿論土曜日に見た魔道書で得た魔法の確認の為だ。


「俺の場合は判定魔法の他、各属性混合の魔法が増えた感じですね」

「私もそうだな。あとは光魔法なんてちょい変わった魔法も入手できた」

「予知と察知の精度が上がった」

 なるほど。

 緑先輩は従来の魔法が強化された訳か。

 そして茜先輩は光魔法以外はほぼ俺の上位互換だと。


 そんな訳でそれぞれ 極氷竜巻だの獄炎竜巻、茜先輩に至っては溶岩流なんて危険な魔法をまわりに被害を及ぼさないようにしつつ試していた時だ。


「茜、南西200敵、風防御」

 緑先輩のいままで聞いた事がない鋭い声。

「了解」

 ファン!

 圧縮された空気がうなる。


「ただの強風魔法か」 

 先輩がそう言う頃には俺も敵の姿を発見していた。

 魔獣、それも見た事がある奴だ。


「これか、孝昭が昨晩退治したという奴」

「そうです」

 召喚種の黒羊、1匹だ。


「データは取れたか、緑」

「認知済み」

「なら片付けるぞ」

 俺でも倒せる黒羊、茜先輩が倒せない訳は無い。

 ただの火球魔法であっさりと消滅する。


「何だ、今の手応えの無いのは」

「次、来る」

「わかっている」

 火球魔法が飛ぶ。

 黒羊が出現と同時に焼き尽くされ消える。

 続いてもう1匹。


「緑、まだか」

「もう少し」

 俺にはわからないレベルで何か緑先輩も戦っているようだ。

 緑先輩の魔法の気配は俺には今ひとつ感じにくいのだけれども。


 一方茜先輩は次々に出現する黒羊をほぼ出現と同時に叩いている。

 俺が出現に気づいた時には既に先輩の魔法が飛んでいるという状態だ。 

 どうやら魔物感知の腕も茜先輩の方が俺より数段上らしい。

 ボランティア出場回数の分俺の方が経験値が上の筈だが、もともとの実力が圧倒的に違うのだろうか。

 それとも俺以上に魔法を使った訓練をしているのだろうか。

 十匹近くの黒羊を倒したその時だった。


「確保成功」

 緑先輩の言葉とともに黒羊の出現が止む。


「大丈夫か」

「完全に認知。逃げ切る事は不可能」

「今の黒羊は誰か魔法使いが召喚しているだろうと判断した緑は、周辺の魔力を探って術者を探した訳だ。それで私が時間を稼いでいる間、まわりの魔力分布を走査して術者を見つけて動けない状態にした。なお緑に一度認知されれば、たとえどんな遠くに逃げられても場所も状態も把握出来る。とまあ、そんな事をやっていた訳だな」

 なるほど。


「それで術者はどうしたんですか」

「校舎2階。気を失っている」

「なら行くか」


 校庭の端部分なので校舎までは結構遠い。

 運動部が使っているグラウンドの各部分の横を通る形になる。

 その際何故か通路側にいる生徒もわざわざ俺達が歩く前に道を空けてくれているような気がした。

 これは単に親切という奴だろうか。

 何か怯えたような表情が見えたような気がしたのだけれど。


 昇降口で靴を履き替え校舎内へ。

 ちょうど俺達が練習していた場所が見渡せる2階階段横の窓辺に男子生徒が1人、倒れていた。

 意識は無いが怪我も無さそうだ。

 その辺倒れる際に何か緑先輩が対処したのだろう。


「どうするんですか」

「保健室には連れて行ってやろう。緑、それでいいか」

「問題無い。情報は全て把握済み」

「なら孝昭、右肩側を頼む」

 俺と茜先輩で両肩を支える形で階段を下ろし、保健室まで連れて行く。

 幸い保健室には養護教諭がいた。

 なので単に倒れているのを発見したと説明して、あとは先生に任せて部屋を出る。


 根城である準備室に戻ってから、茜先輩が緑先輩に尋ねた。

「それで結局、今の奴はどういう訳で私達を襲ったんだ?」


「3年C組八幡大地、本人は単に家がよくある宗教の信者であるだけ。だがその宗教の上部組織に問題がある機関がある。かつて魔法と呼ばれた技術を神の教えから外れた物だと迫害し禁止するとともに、自らがその技術を独占しようとした機関。

 一般の信徒はその存在を知らされていない。だが日曜日に礼拝した際、この学校に魔法の知識を持つ者がいる事を知った上部機関の人間に暗示魔法と強制操作魔法をかけられた。その魔法が今回発動し、私達を狙った。

 なお彼にかかった暗示魔法や操作魔法は全て解除済み。ただし彼にそれら魔法をかけた者も既に魔法が解かれた事を感知している筈」


「なるほど、あの信徒数の多い、宗教としては世界で最も多くの人に不幸と破滅を振りまいた教団か」

 日本人のかなり多くは宗教と聞いて胡散臭さを感じるらしいが、中でも茜先輩は相当にその部類のようだ。

 でも一応反論してみよう。


「でもそれで救われた人間も多いんじゃ無いですか」

「ナチズムで救われた人間もいた筈だ。それと同じ事だな」

 茜先輩は嫌そうな顔でそう吐き捨てて、更に付け加える。


「前にこの宗教の分派、本流と称している連中から見れば異端の連中が、この宗教の経典を持ってうちに勧誘に来たんだ。『世界一古くから伝えられてきた書物です』とな。だから教えてやった訳だ。『自分の意にそわない考えを異端として糾弾し焼き捨てる事によって自分より古い書物を滅ぼした罪深き本ですよ』ってな。十字軍しかり魔女裁判しかり奴隷貿易しかり、この宗教は歴史的に悪業にまみれている。そのくせうちの宗教は愛の宗教だと言うのだからな。きっとよほど心が曲がっているか、愛とか寛容という言葉の定義が違うのだろう。ナチのハーケンクロイツを掲出する事が罪ならば、この宗教のシンボルを掲示することはもっと罪であり恥であると私は思うぞ。まああの辺の悪業と寛容性のなさは全て一神教というシステムが原因という気もするけれどな。もっとも一神教でない宗教も歴史上では結構やらかしているが」


 うーむ。

 言っている事そのものは歴史的事実を踏まえているだけに説得力があるな。

 なんて俺が思ったらだ。


「まあ魔女が教会を嫌うのは当然だ。だから向こうも何とも思わないだろう」

 そう付け加えたりする辺り、茜先輩がどこまで本気でさっきの台詞を言ったのか、微妙におれにはわからなかったりするのだけれど。


「それでどうするんですか」

「どうもしないさ。来たら迎え撃つ、それだけだ」

 緑先輩が頷くあたり、それしかないのだろう。


「でもそれで大丈夫なんですか」

「向こうは大した術者はいない。少なくともこの付近に繰り出せる範囲では」

 緑先輩が頷いたという事は間違いないだろう。

 多分きっと。


「まあ一応用心はしておくさ。緑にも見て貰ってさ」

 そうするしかないようだ。 

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