第8話 今回得た知識

極低温魔法ウル・フリーズ!』

 俺は魔法を最大の力で発動させた。

 だが魔道書を名乗る影は微動だにしない。


「なるほど、悪くはない。こちらが本である事を踏まえ、あえて火や水を使わなかったのは賞賛しよう。でもこんなものか?」


「なら私も起動しよう。『暗闇ブラインド』」

 影の周囲が更に濃い闇につつまれた。


「なるほど、被害こそ与えないが、書物としては嫌な魔法を使って見せたか」

 確かに闇では本を読むことが出来ない。

 でもきっと暗くしただけでは無く他にも効果があるのだろう。

 今の俺にはわからないけれど。


「『存在の耐えられない軽さ』」

 綠先輩も魔法を起動したようだ。

 名前からはどんな魔法かわからないけれど。


 闇の中にあった影が薄れかける。

 見えなくなるというのとは違う。

 そこにあった存在感というものが薄れかけているのだ。

 先程まで目を瞑っていてもそこに在るとわかる状態だったのだけれども。

 これは綠先輩の魔法のせいか、それとも茜先輩の魔法のせいか、あるいは両方の効果か……


 それでも俺はフルパワーで自分の魔法をかけ続ける。

 意味があるかは別として、今の俺に出来る適切な魔法はこれくらいだから。


「よし、まあいいだろう」

 ふっと奴の気配が消える。

 薄れるのでは無く、完全に消え失せた。

 ただ声だけが先程影がいた位置から聞こえる。


『それぞれの力量に応じ、我が知識を進呈しよう。より力を得たと感じたならまた来るがよい。歓迎しよう』


 そんな頭の中で響く声ではない声と同時に、世界が白くなっていく。

 これはこの世界に移った時の……


 次の瞬間、俺達は別の場所にいた。

 いや、元の場所と言うべきか。

 図書館の閲覧机の前だ。

 本を広げようとした時のまま、戻ってきている。


「なるほど。魔道書もなかなか親切だな。こうやって読み解ける訳か」

「今はもうこの本に用は無い」

「だな」

 茜先輩は開きかけた本を閉じて、そして手に持つ。

  

 書架に戻すため歩きつつ俺は自分が得た知識を確認する。

 ガーヤト・アル=ハキームの目次によれば、内容は思想、哲学、占星術、錬金術、神智学、占星術、そして魔術。

 更に魔術の種類を確認する。

 火、風、水、地、土、金、木……

 時間に関する魔法が見つからない。


 これは俺では時間に関する魔法の知識を受け取れなかったという事だろうか。

 それともこの本には俺の求める魔法が無かったという事だろうか。


 こういう場合は俺より知識を手に入れた2人に聞くのが早いだろう。

 茜先輩が本を書架に戻した時に俺は尋ねる。

「先輩達は今の本で時間に関する魔法を入手できましたか?」


「私の得た知識の中には過去へ行ける魔法は無かったな」

 茜先輩は入手できなかったと。


 一方で綠先輩は立ち止まり、目を瞑った。

「目録を検索」

 幸い書架の前だからち止まっても目立たない。

 でもあまり長い時間このままではまずいだろう。

 これは後でお願いした方がいいだろうか。

 でも検索している間に声をかけるのはまずいかな。

 そんな事を考えている間に綠先輩は再び目を開き、歩き始める。


「あの本にある時間関係の魔術は3つ。過去の事実を見る魔法、ゆくべき未来を見る魔法、不老となり未来へと生を伸ばす法。過去へ直接行く魔法、及び過去を改変できる魔法は記載されていない」


 記載されていない。

 そう言うからには能力を上げて再びあの本を開いたとしても、目的の魔法は入手できないという訳か。


「つまり俺は次の本に期待するしか無いですね」

「ああ」

 俺達は図書館の出口に向かって歩き出す。


「でもその前に、ガーヤト・アル=ハキームで得た知識を活用する為の魔法練習だな。魔法の実力を上げておかないと肝心の内容があっても入手できないという事になりかねない」

 そう言われてみれば確かにそうだ。


 今回は綠先輩のおかげで、あの本には求める知識は無いとわかった。

 でも本の内容に求める知識が含まれているかないか、綠先輩でも判断出来ない事もあるかもしれない。

 その本に過去に遡れる魔法が記されているかわからない状態というのもあり得る。

 本当は記されているのに入手できなかったという可能性が残ってしまう。

 そうならない為にも、まずは自分の実力を上げる事か。


 でも待てよ。

「魔道書って今回みたいに実力を確かめる儀式が必要なんですか。普通の本のように読むという訳じゃなくて」


「ああ、どうもそうらしいな。今回ガーヤト・アル=ハキームから得た知識の中にそんな事も入っていた。真の魔術書は言語の違いに関わらず必要な知識を与うる力を持つとさ」


「今回は簡単なほう。本気の戦闘になる場合もある。その場合、読み解けないばかりか命の危険すらある。また敗北した場合自我を失い魔道書の下僕となる事もある」


 うーむ。

 魔道書、思った以上に物騒な存在のようだ。

 でも遙香を助けられる可能性があるならば、挑まないわけにはいかない。

 そう思って、そしてふとある疑問が頭に浮かんだ。


「先輩達も何か魔法を入手してまで成したい目的があるんですか」


「その辺はプライベートな領域だな。でも愛する後輩の質問だから答えてやる。Yesだ。目的は言えないけれどな」

「同じく」


 愛する後輩というのは単に言葉の綾という奴だろう。

 でも先輩達もそれぞれ何か目的がある訳か。

 どんな目的なのだろうか。

 でもまあ、教える気にならないと教えてくれないだろうけれどな。

 その前に俺達がすべき事は、まず……

「とりあえず今日得た知識の確認と、それを活かす魔法の特訓ですか」


「ああ。ここから学校に戻るのは大変だから、知識の確認は各自家でやる事だな。魔法の特訓は月曜日以降の放課後でやろう。グラウンドの端の崖付近なら思い切りよく魔法を試せるだろう」


 確かに俺達の学校の端にはちょうどいい崖に面した場所がある。

 あそこなら多少魔法で爆発させようと、上の崖が少し崩れる程度で済む。

 他に迷惑がかかるような事も無いだろう。


「という訳で本日は解散だな。また月曜」

 図書館の出口で先輩達と別れ、俺は自転車置き場へ。

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