第7話 図書館の魔道書

 土曜日は快晴。

 この感じだともう少しすれば暑くなりそうだ。

 俺は自転車に乗って待ち合わせ場所である津志九市立中央図書館へ向かう。

 津志九市は隣の市で、俺の家から自転車で40分くらい。

 自転車でも近くはないが、歩いて電車に乗ってまた歩いてよりは楽だ。

 駅と図書館は結構離れているし。


 特に魔獣に遭う事も無く、ただ暑いだけで無事図書館に到着。

 待ち合わせ及び図書館開館時間は10時なのだが少し早く到着したようだ。


 スマホをみると10分前。

 先輩達は俺より近い筈だからぎりぎりに来るかな。

 そう思って自転車を止めて汗を拭きつつ前のベンチで待つ。


 そう待つ事は無かった。

「やあ、早かったな」

 茜先輩が現れた。


「綠先輩は一緒じゃないんですか」

「もうすぐ来るだろう。緑の家はすぐ近くだからな」

 そう言い終わらないうちに小柄な影が歩いてくる。

 綠先輩だ。


「今日は気をつけた方がいい」

 来るなりいきなりそんな縁起でもない事を綠先輩は言う。


「どういう事ですか」

「私達がこれからやる事は魔に近づく事」

「確かにそうですけれど、ここは図書館ですよ」

 いくらなんでも本を読んでいる最中にいきなり魔物が目の前に出てくるなんて事は無いだろう。

 今までも魔獣はだいたい野外、それも人がごく少ない場所や人目の無い場所から出現していたし。


「普通に行動しつつもいざという時に備えて心の準備をしておけばいいだろう。それにこっちには魔物討伐ボランティアせんもんかが2人もいるんだ。ガンガン行こうぜ」

「どこぞのゲームの作戦じゃないんですから」

 そんな事を話しているうちに職員さんが中から出てきて扉を開ける。

 休館表示だった札がひっくり返されて開館時間の表示になった。


「それじゃ行こうぜ。今日の標的は『ガーヤト・アル=ハキーム』という本。分類上は310番台だから政治学のところにある筈だ」


 何故魔術書が政治学のところにあるのか。

 これは向こうの世界とこちらの世界の図書分類法の違いからだ。


 日本の図書館で通常使われているNDCという分類表では300番台は社会科学。

 だが向こうの日本に当たる国で使われている分類表では300番台は魔法科学に当てられている。


 ちなみに日本では魔道書は、哲学や宗教書として100番台になるか、200番台の歴史か900番台の文学になる。

 つまり300番台の分類番号になっている魔道書は向こうの世界のものである可能性が高い。


 勿論この辺は俺が考えついた訳では無く茜先輩の受け売り。

 よくこんな事に気づいたなと俺は思う。


 図書館入り口の配置図を確認して、社会科学の書架へ。

 310番台は何処だと探すと……あっさり見つかった。

 どう見ても他とは雰囲気の違う薄紫色の分厚い本がでんと本棚に収まっている。


「番号的にどうみてもこれだな」

 茜先輩がそう言って本棚から手に取る。

「でもこれ、日本語じゃないですよね。読めますか?」

 表紙に書かれている言語は勿論日本語ではない。

 英語やフランス語といったアルファベットですらない。

 よくわからない線がぐしゃぐしゃと入った感じの文字だ。


「スマホ翻訳で何とかなるだろう」

 本を持った茜先輩について適当な机がある場所へ。

「とりあえず見てみるか」

 表紙を見るにこの本は普通と逆に綴じてあるようだ。

 だからそちらを開いたところで……


 何だ! 世界が白くなっていく。

 足下の感覚が怪しい。

 何だ、どうなっているんだ。


 白い、ひたすら白い空間。

 茜先輩と綠先輩は横にいる。

 そして俺たちの前に黒い影のような姿の何者か。

 

「親しき兄弟よ、神がこの世の人々に授けたまうた高貴にして最大の賜は知るということに尽きる。知ることにより古のものごとに関する知見が得られ、この世のあらゆる事物の原因が知られる※」


 茜先輩の声でも綠先輩の声でもない。

 何より聞こえた方向があの黒い影の方向だ。


「何者かな、貴様は」

 茜先輩の問いかけに影は恭しく一礼して答える。


「我が名はガーヤト・アル=ハキーム、あるいはピカトリクス。賢者の極みと訳してもいいだろう」


「あの魔術書か」

「然り」

 影のような何者かは頷く。


「ここは一体何処なんだ」

「我が知識をひもとこうとした者に、能うべきものを与える為の場所」


「なれば貴様が魔道書の知識を与えてくれる訳か」

「然り」

「どのようにして」

「我にそなたらの力を見せよ。その力に応じた知識を与えよう」

 それって、つまりは……


「戦え、という事か」

「我からは攻撃をしない。書物は知識を与えるもの」

 なるほど。

 

「綠、どうすればいい?」

「相手は書物。炎、水、雷以外の魔法をぶつける」

「でもそれでは相手にダメージを与えられないぞ」

「力を見せることが重要。倒す必要はない」

 なるほど。

 横で聞いていて俺も方針は理解した。


「なら極低温魔法ウル・フリーズは大丈夫ですね」

「問題無い」

「それなら私は本気の特殊魔法で行こう」

 何を使う気だ茜先輩。

「推奨」

 綠先輩がそう言うなら問題無いだろうけれど。


 なおこの辺の会話は勿論秘話魔法を使っている。

 魔道書である影にはこれくらいの魔法は簡単に破れるだろうが、これも礼儀みたいなものだ。


「それでは行くぞ、ガーヤト・アル=ハキーム」

 茜先輩の台詞とともに、俺は極低温魔法ウル・フリーズを起動した。

 

※ 出典『ピカトリクス 中世星辰魔術集成』大橋喜之訳 八坂書房

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