第6話 作戦のはじまり

「俺に思い出させて、そして何をする気ですか?」

 俺は茜先輩に質問する。


「孝昭が何を思いだしたのかは私にはわからない。でも何をする気かと言われれば決まっている」


 先輩は憎たらしくも、いつもの不敵とも感じる笑みを浮かべる。


「いかしにて魔法を私達自身の為に役立てるか、それがこの研究会の目的だ。そして今日まで文献から魔法が持つ可能性について調べてきた。だから後はこれを応用して、私達自身の為に使う事を考えようと思うのだ。

 さて孝昭。さっきの綠の誘導で孝昭も自分の欲望、あるいは希望、夢に思い出した、あるいは気づいたと思う。

 あとはいかにしてその希望を魔法を使って叶えるかだ」


 ちょっと待て先輩。

「死んだ人間は蘇りませんよ」

 そんな事出来る筈が無い。


 でも先輩は平然と言い放つ。

「死ななかったという事にすればいい」

 まるで当たり前の事を言うように。


 待ってくれ。

「でもタイムパラドックスがあるでしょう。親殺しのパラドックスのような」

「それにひっかからないような構造の事実を作り出せばいい。今まではこう思っていたが実際はこうで、結果生きていましたという感じで矛盾が無ければ結果の成立には問題無いだろう」


「でも時間逆行なんて魔法あるんですか」

「無いとは言い切れない。少なくとも文献には結構あっただろう」


 確かにそうだが、それでもだ。


「でもそんな魔法、俺は持っていない」

「持っていなければ手に入れればいい」

「でもどうやって手に入れるんですか」

「その為に下調べをした訳だ」

 

 先輩はそう言った後、一呼吸おいて続ける。


「文献を調べた理由はとりあえず2つ。

 ひとつは『どんな種類の魔法が存在するか』を知る為だ。

 無論これらの文献の中には夢とか希望に端を発した単なる想像の産物というものがほとんどだろう。でもそれらの全てがそういった空想上のものなのだろうか。空想だとしても、もしかしたら何らかの根拠が存在するものもあるのではないだろうか。それならば文献にあった魔法のうちある程度は実際に存在する魔法なのではないだろうか。そう考えることも出来る筈だ。

 そして時間遡行、過去の改変なんてのは結構出てくる魔法だ。一般的な魔法とまではいかないがな。大魔法としてはそこそこ出てくる方だろう」


 確かに俺の調べた中にも何件か出てきてはいた。

 それに先輩が言いたい事も話の筋もわかる。

 勿論詭弁だと言い切ることも出来るだろう。

 その程度のあやふやな根拠であり筋書きだ。

 でも俺は信じたかった。

 信じてみたいと思った。


 先輩の話はまだ続く。

「もう一つの理由は向こうの世界の知識を知る為だ。

 この世界には向こうの世界由来と思われる魔法、向こうの世界の知識の断片とも言える記憶、そして向こうの世界にしかいなかった筈の魔物なんてものまで出てきている。ならばそれ以外の向こうの世界のものも実は出現しているのでは無いだろうか。そう私は思うのだ。

 例えば文献。昨日まで検索したもののほとんどは元々この世界にあったものだろう。しかしいくつかは向こうの世界の知識が関わった文献もあるのではないだろうか。向こうの世界から漏れてきたものがあるのではないだろうか。

 その辺を著者とかタイトル、分類番号等で調べられないか。そんな理由だ。実は既に昨日までのデータを持ち帰って分析した結果、怪しい本が幾つかピックアップ出来ている」


 そういう事はだ。

「怪しい本とは本当の魔法が存在する世界の、魔法に関する本ですか」

「その可能性は高い。無論欲しい魔法に直接触れているとは限らないけれどな」


 先輩は頷いて続ける。

「実は図書検索の他にも、魔獣出没統計なんてものも分析してみたんだがね。その結果、出没する場所には随分と偏りがある事がわかった。やたら出る場所と出にくい場所がある。同じような環境であってもだ。

 この辺の偏りを先程の怪しい本の所在と比べた結果、どうやら同じような傾向があることがわかった。つまり向こうの世界の影響をより受けている場所と層でも無い場所がわかったという訳だ。

 勿論まだまだ完全に分析し切れた訳じゃないがね。そうすれば自ずと調べるべき場所も掴めてくる訳だ」


「つまり調べるべき場所もわかってくると」

「そういう事だ。具体的にはまず今週の土曜日、津志九市立中央図書館を調べてみようと思っている」


 思い切り近場だ。

 津志九市は電車で1駅。

 この高校に通っている人も多い場所だ。

 でも最初としてはそれもいいだろう。


 なんて思ったところでふとある事に気づいて先輩に尋ねる。

「先輩達も何か魔法で叶えたい事とかがあるんですか」


 茜先輩と、そして綠先輩も大きく頷く。

「ああ。その為にこの研究会を作ったようなものだからな」

「それは何か聞いてもいいですか」

「生憎プライバシーの秘密という奴だ」

 確かに俺の希望もあまり口に出して言いたくは無いからな。

 台詞である程度は気づかれただろうけれど。


 そんな訳で俺は、よく考えると根拠もあやふやで希望的観測だけで成り立っているようなこの話に一枚かむことになってしまったのだった。

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