第1章 最初の魔道書
第5話 俺は思い出した
「ところで今日も検索ですか?」
放課後の実験準備室Ⅰで俺が茜先輩にした質問だ。
オンラインで可能な各図書館の検索システム等を使用して、魔法でどんな事が出来るかについて検索する事。
それがこの研究会を始めてから今日までの主な活動だった。
検索する対象はいわゆる魔術書みたいなものに限らず、文学を含めて文字として検索できるもの全てだ。
検索できたデータは表計算ソフトに入力して整理。
例えば炎の魔法なら、炎と入力して検索すれば炎関係の魔法が記された書籍名、作家名、図書分類番号、書籍を所有する図書館なんてものが一覧で出てくるようになっている。
「ある程度資料が集まってきたのでな。ここで孝昭の欲望をかなえてやろうと思って、綠と打ち合わせをしておいた」
俺の欲望か。
「いい大学に現役合格したいとか、そんな感じですか」
「いや、今の孝昭はそう思っているかもしれないけれどな。多分孝昭にはもっと強い、そして隠れた欲望がある。欲望という単語の響きが悪いなら望みとか願いという言葉でもいい。どうだ少しは綺麗な響きになっただろう」
「実態は変わらないですよね」
「まあそうだがな」
先輩はいつもの笑みを浮かべて、そして綠先輩になにやら目配せする。
綠先輩が鞄から何か取り出した。
ひとつはランチョンマットの少し分厚いバージョンのような布。
これを広げた上に、いわゆるタロットカードと呼ばれるカードを出し広げる。
「占いでもやるんですか」
「占い用では無く状況整理用。単語カードでもいいが私はこの方が使いやすい」
先輩はそう言って、カードを丸く広げてかき混ぜる。
そして再びまとめて、更に3つに分けたりまとめたりした後、菱形に4枚ののカードを置いた。
なおカードは裏返しになっていて今はどれが何のカードかは見えない。
「孝昭が何を望むのか整理する。おそらく孝明の表装意識では気付かない、あるいは思い出せない望み。孝昭はただ私の言葉を聞いて考えればいい。私達に思った事を言う必要は無い。あくまでこれは孝昭の作業」
緑先輩はそう言うが、どう見てもこれは占いの方法だよな。
なんて思いながら俺は先輩の手先を見る。
先輩は手前側のカードを開いた。
これは俺も知っている有名なカードだ。
馬にまたがった騎士、ただしその騎士の顔は骸骨。
タロットカードの死神のカード。
それが上下逆の形で出ている。
「孝昭の望みの原因、それは過去の死、死別」
俺の心に何かちりっと痛みが走る。
でもそれが何か、まだ俺にはわからない。
次に先輩は左側のカードを開く。
向かい合った男女がそれぞれ金色の上下対称な何かを持っていて、その上に顔だけのライオンに翼がついたものがいるという絵柄だ。
「恋人、あるいは家族愛か何か、とにかくその相手に好意を持っていた」
先程よりより大きな痛みを感じている。
何か思い出しかけている。
思い出せないのか、あるいは思い出したくないのか。
残った向こう側のカードを先輩はめくる。
上で天使がラッパを吹き、下に箱から立っている裸の人々がいるというカード。
「これは本来審判のカード。でも私は今回あえてこう読む。復活と。
孝昭の望みは過去に死別した、愛している誰かの復活あるいは蘇生」
誰かの顔が思い浮かぶ。
小学生、それも高学年くらいの女の子の顔だ。
彼女の表情が俺の記憶の中の誰かと一致した。
向こうの魔法のある世界の俺の記憶。
そして現代日本の俺の記憶。
双方がそれぞれ彼女の名前を俺に告げる。
「遙香、か」
俺は思い出した。
はっきり思い出してしまった。
◇◇◇
遙香は俺の従姉妹だ。
近くに住んでいた事もあって小さい頃から2人でよく遊んだりしていた。
普通の兄妹よりも仲は良かったと思う。
俺の家が共働きだったのもあって、放課後はだいたい遙香の家で遙香と一緒に過ごしていた。
遊んだり、少しは勉強をしたり。
でもそんな日々は俺が小学5年生の時、突如終わりを迎えた。
交通事故だ。
遙香が学校から帰る途中だった。
歩道がない通学路の端を歩いているところに、猛スピードの車が遙香がいた場所へ突っ込んできたらしい。
それでも遙香は即死ではなかったそうだ。
救急車がもう少し早く病院につけば間に合ったかもしれない。
だが遙香を跳ね飛ばした車は救急車を呼ばずその場から逃走した。
それでも人通りのある道だから目撃者はいた筈だ。
でも実際に119番通報されたのは、暴走車がその先の先で交通事故を起こしたその後だったらしい。
更にその時救急でも無い用件で呼びつけた馬鹿のせいで救急車は出払っていた。
おまけに大通りで時代遅れの珍走団だの車カスだのが騒いでいたせいで他から回された救急車も遅れた。
更にスマホで事故を撮っていた野次馬のせいで近づくのが更に遅れたらしい。
普通に早く救急車が来ていれば遙香だけでも何とかなったかもしれないのに。
あの時の俺は遙香が突然死んだなんて信じたくなかった。
信じなかった。
それでも死んだと聞いて、そしてそれでも俺は何かの冗談だと思おうとした。
そう、更に思い出した。
翌日俺は倒れたんだった。
確か頭痛と高熱と何とかでだが、その辺はよくおぼえていない。
そして1週間後、頭痛も高熱も治った俺は代わりに記憶を無くしていた。
直近1ヶ月くらいの記憶と、そして遙香の記憶を。
でもきっと、実際は遙香が死んだ事を知っていた。
地元の馬鹿と変な空気のせいで遙香が死んだ事を知っていた。
だから俺は地元が嫌いになったのだろう。
遙香を殺したあの地元を。
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