第4話 お昼休みに

「最近怪しい消え方をするよな、川崎。何か課外活動でも入ったのか」

 小川にそんな事を聞かれる。

 気づかれていないと思ったのだが、掃除当番の時などに見られていたようだ。


「ちょっとな」

「なんだなんだなんなのだ。何か美味しい話があるなら教えて候」

 内海が何故か食いついてきた。


「内海は軟式テニスじゃなかったのか?」

 確か入るとか言っていた筈だ。

「男女別だったからやめたので候。女子おなごがいなけりゃやる気しないのでおじゃる」

「お前なあ」

「受験戦争の間の一幕の彩り、それを我は求めているのでござる!」


 真面目な運動部員にぶん殴られろと言いたいが、まあ進学校なんてそんなものだ。

 うちの高校、どの部活もまんべんなく弱いしな。


「それで川崎、美味しい話なら教えてくんなまし」

「美味しい話じゃない。学内の魔法使いで研究会を作ったので入らされただけだ」

「おお、何と!」

 わざとらしく驚いた後、内海が続ける。


「で、あの綺麗な先輩も一緒なのでおじゃるよな」

「確かに一緒だけれどな」

「更に聞くが、他に会員は」

「1人で合計3人だな」

「そのもう1人は女子おなごでおじゃるか?」

「一応そうだけれど、やはり先輩だぞ」


「おお、ハーレムぞよ、川崎がハーレム状態でおじゃる」

 その台詞で教室内の視線が一気に集まる。

 ちょっと待ってくれ。


「誤解だ。だいたい2人とも先輩だぞ」

「その程度の年の差なんて愛があれば関係ないでおじゃる。ああ川崎がこのままではハーレム一直線でござる。そもそも初体験年齢で一番多いのは高校時代というデータがあるで候。しかも相手は大体が先輩でおじゃる。つまり川崎もいずれは先輩によって手取り足取り服とって……」


 なんだかなあ。

 ちなみに内海がこんな台詞を吐いているこのクラスに女子がいない訳では無い。

 この栃葉城とちばらき県立栃金崎とかねさき高等学校は共学である。

 クラスの半分は女子。

 当然内海の叫びも聞こえている訳だ。

 内海の幼馴染にも。

 だからついでに言ってやる。


「内海は森川さんがいるだろ」

「あんな胸洗濯板の腐れ鬼女、勘弁して欲しいでおじゃる」

 バシン!

 内海の頭がノートを丸めたものではたかれた。

 勿論その相手は森川さんだ。


「誰が胸まな板で腐れ鬼女だって」

「腐っているのは間違いないでおじゃる」

「どういう意味よ、それ」

「刀の名前で菊一文字というものがあるでおじゃる。でも菊一文字と聞いたこの女子おなごは聞いて菊門が裂けちゃったのねとつぶやいたのでござるよ。まさかそういう連想をする輩がいるとは思わなかったでおじゃる」

 おい待て内海、どういう意味だそれは。


「あとクラスの奴がふざけてカンチョーして決まって、お尻を押さえて痛がっているのを見て、『いい資料になった』とも言っていたでおじゃる。我輩はそれで悟ったでおじゃる。これは腐りし女子だと」

 俺にも意味がやっとわかってきた。

 腐女子という事か。


「私は単に創作の上で遊んでいるの。内海みたいに元々の頭がおかしいのとは違うの! いい、わかった!」

「入学する前には言っていたのでおじゃる。『今度漫研に入ったらオタサーの姫になれるかしら』と。でも実態は腐女子天国だったと嘆いていたで候」


「こら内海、まだ言うか」

「いくらでもネタはありんすよ。そもそも腐女子沼に落ちる前はエロゲコレクタ……」

 給に台詞が止まったなと思ったら、森川が背後から両腕で内海の首を決めていた。

 腕が見事に喉の場所に入っている。

 内海がタンタンと机を叩いてギブアップと言っているが止める様子は無い。


「放っておいていいわよ。久しぶりに見たけれど、前からよくある事だから」

 これは西場さんだ。

「幼馴染ってのも羨ましいよな」

 幼馴染か。

 また俺は一瞬何かを感じた気がした。

 気のせいだろうとは思うが最近何かこういう事が多い。

 何故だろう。


 一方、小川の台詞に西場さんは肩をすくめる。

「3人一緒で2人が強烈だと苦労するわよ。その2人が仲がいいとまたね」

 ふむふむ。

「でもあれはあれでいいんじゃないか?」

「結果的に私があぶれる訳よ」

 なるほど。


「ところで川崎ってどれくらいの魔法を使えるの?」


 西場さんに尋ねられた。


「ボランティアで使うのは主に炎や水激、熱線かな。あとは攻撃にはあまり使わないけれど温度をあげさげしたり出来る」

「いいなあ、何か楽しそうで」

「その程度出来てもいいようにこき使われるだけだけれどな、実際」

「それ以上に何かが出来る可能性があるじゃない」

 

 その台詞に茜先輩の言った研究会の目的が重なる。

 何か出来る可能性か。

 

「でも普通の生活じゃあまり必要ないけれどな、魔法なんて」

「そんなものなのかもしれないね。使える人にとっては」

 西場さんが頷く。


 一方で俺は内海の方が気になる。

「ところであれ、本当に放っておいていいのか?」

「大丈夫よ。あれでお互いよくわかっているから」


 本当だろうか。

 内海が本気で苦しそうなのだけれども。

 顔色が何か赤くなったのを過ぎて青ざめて来たぞ。

 そう思ったところでチャイムが鳴った。

 昼休み終わりだ。


「命拾いしたわね」

 内海は何度も深呼吸している。

 かなり苦しかったようだ。


「これでもう変な事は言わないでね。返事は?」


 まだ声が出ないと内海はジェスチャーをした。

 安心したらしく森川さんが向こうを向いて歩き始めたのを確認して、小川が余計な事を聞く。


「ところで何故洗濯板なんだ。普通はまな板っていうんじゃないか?」


 おい待て小川と内海。

 歩きかけた森川さんの足取りがぴたっと止まったぞ。

 だが内海は気づいてか気づかないでか、しっかりその問いに答えてしまう。

「まな板は真っ平らなのでおじゃるよ。洗濯板はそれに比べれば多少凹凸があるのでおじゃるが、かたくて凸凹していてまな板以上に癒やしが足りないのでおじゃる」


「もう一度死ね!」

 また首を絞められた。

 全く懲りないな、内海も。

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