第8話 師の疼き 師は、自らの嗜虐性が疼いてならない。 

 死刑執行人たちは、みな同じ家に住んでいた。彼らには血のつながりもなく家族ではないが、師と弟子たちは主従関係にある。 師は弟子たちを常日頃からそばに置き、自らの下僕として働かせていた。そのため師は自らの家に、弟子たちを同居させていた。いつでも弟子たちを使役できるようにという目的あってのことである。


 その彼らの家は、王都アダマースのはずれにあった。この家を住居として決めたのは師であるが、あえて街はずれに居を構えたのには理由がある。それは、彼ら死刑執行人が世間から蔑まれていることに関係していた。


 身近に死刑執行人が住むと、露骨に嫌悪する連中も多いのだ。そのせいで厄介事が起きでもすれば、師としても面倒であった。ひるがえり王都に居をかまえれば、その外に住むよりも王城にすぐ赴ける。死刑執行人であるからには、王城や王都での務めもある。務めのことを考えれば、より王城へ近い場所へ居を構える方が便利だった。




 そこで師は、王都のさびれた街はずれに建つ家を買い取って住むことにしたのである。さびれた街はずれなら、周囲に住む人間はそう多くない。そのぶんだけ厄介事が起こる可能性もすくない。それに一応は王都内に住めるからだった。


 ただ住人もそうおらず周囲はさびれているだけあって、あたりには廃屋も多い。




 それでも死刑執行人の家は、なかなかおおきく立派だった。


 屋根が緑、壁面は白で彩られた二階建てとなっている。


 その家を得るだけの資金に懸念はなかった。


 死刑執行人として、一応は給金を国からもらっている。あまつさえ、この王都の死刑執行人は裏の稼業を持っている。賊として盗みを働くこともある。師には傭兵稼業で蓄えた資金もあった。それで、家に金もかけられるいうわけだった。


 その家は表の扉を開けてなかへ入ると、すぐ広間になっていた。そこには、なかなかに豪華な調度品も置かれている。


 師はその一つの座椅子に、家へ帰るなり腰を下ろした。いらだたし気に嘆息をつくと、死刑執行人の黒い覆面を手に取って顔から外す。


 死刑執行人としての務めは、今日は完全に終わった。その覆面をする必要も、もう今日のところはない。死刑執行人の覆面を、彼は椅子のうえに適当に投げ出す。そのときにはすっかり、師の顔はあらわになっていた。


 彼の顔の造りは、端正というほどではなかった。しかしその面持ちは残忍そうであり、気迫に満ち溢れていた。いかにも狼という形容が似合いそうな容貌をしていた。


 その瞳と、やや長めの逆立った髪は灰色である。傭兵時代には師は灰色の狼と呼ばれたが、その呼称は彼の残忍さと容姿の印象からきたものだった。




 「ああ、いらつく。本当にいらつくぜ」




 髪同様に逆立つ特徴的な太めの眉をひそませながら、師は口を開いた。


 拷問室でのいらだちが、まだ収まらない。帰途についてからもこの調子で、ずっといらいらし続けている。


 くそが。今日はついてねえぜ。にわかに毒づいた。


 不本意ながら、今日の拷問はまったく満足のいくものじゃなかった。不満もいいところだ。


 たった一人の拷問しかできねえからということで、それなりにあの囚人をいたぶれたまでは良かった。そこそこ愉しめたからな。だがそのあとがよくない。あの囚人に、唾を飛ばされるという侮辱を受けるはめになっちまった。あげく、そのあとにはすぐ囚人を失っちまった。まだそこそこ愉しめたというのに。とどめも刺せずに最低だぜ。


 俺としちゃ、あの囚人をあんなにすぐには失う気はなかった。あいつをもっといたぶってから、この手でとどめをさしてやるつもりだったのに。そんな気になっていたのも、あいつでもうすこし愉しみたいという欲があったからだがよ。唾をかけられるなんて、なめた真似をされてからはちがう。


 じっくりとなぶり殺しにすることで、あの囚人に懲罰をしっかりと与えてやりたかったんでな。最後には、ああしてなめた真似だってしてくれたんだ。その鬱憤晴らしをしてやるためにもな。




 なのに果たせなかった。見事に空振りしてしまった。いたぶるどころかとどめもさせず、勝手にこときれることを許してしまった。


 こんなことならあの囚人が虫の息になったとき、奴でもうすこし愉しみたいという欲なんか下手に出さなきゃよかった。とっとと、とどめを刺しときゃよかった。そうしておけば、唾を飛ばされるだなんていうなめた真似もされなかった。しっかり始末できて、こんな不愉快な思いを味わわずに済んだのに。




「こんなことになっちまったんじゃ、強すぎる俺の嗜虐性は満足できねえに決まってる。事実、俺の嗜虐性は疼いてならねえぜ。そう簡単に、この疼きが鎮まるわけもねえもんな。まだいたぶり足らねえし、鬱憤晴らしもしたいってのにその機会を失っちまったんじゃあ当然だがよ。


 いまの俺の心境はよ。まるで、おあずけを喰らった犬の心境も同然だぜ。そんな心境じゃ、いらついてならねえぜ」




 師はぎりっと歯ぎしりをする。


 そりゃ、俺もいい大人だ。感情の抑制くらいは効く。やろうと思えば、いくらでも。だがいまは、感情の自制なんてしたくもない。


 いらだちを抑えるなんて、いまはまっぴらだ。もし無理やりにそうしたら、心に不愉快さが残って苦痛になるだけだ。そんな思いはしたくもない。


 なろうことなら、無理に抑えるのではなくてだ。完全にいらだちを消して気分をよくし、心を平穏に落ち着かせたい。だったら、一体どうすればいい?


 師は考える。もしあの囚人になめた真似をされるまえなら、それまでにそこそこあいつをいたぶれたんだ。あとすこしいたぶってとどめを刺していれば、それで満足したかもしれない。けれど、最後にあんな真似をされたんだ。その返礼をしなくちゃ、いまは到底満足できない。


 でもそうしようと思っても、もはやできなくなっちまった。なぶり殺して、鬱憤を吐き出したかったというのにだ。ああ、不本意だ。不満もいいところだ。




 しかしつまるところ、その不満が今回の俺のいらだちの原因だろう。




 その不満が昂じるあまり、俺の強すぎる嗜虐性は疼いて仕方なくなくなっているんだ。あの囚人をなぶり殺して鬱憤を吐き出したくてどうしようもなかったというのにそれができず、きっちり満足を得られなかったんんだから当然だが。


 とすれば、その原因を除きさせすれば、いま俺を苛むいらだちは消えるはずだ。つまりこの鬱憤を晴らし、不満を解消しさえすればいいんだ。


ただあの囚人本人は死んじまっている。なぶり殺して鬱憤を晴らし、不満を解消するってことはもうできやしない。 


 だがその代わりに誰かを殺すなりたっぷり痛めつけさえすれば、鬱憤を晴らせて不満だって解消されよう。それによって、疼いてならない嗜虐性も鎮めることもできるだろう。とりあえず誰かに八つ当たりでもすれば、気は紛れそうだしな。




 なにせ、いつも嗜虐性が疼くたびに、俺は誰かをいたぶりたくてたまらなくなっちまうもんだからよ。その都度、欲望にしたがって誰かを痛めつけて殺したりもしている。


 そうしているうちに満足して、疼きも嘘みたいに鎮まるものな。まるで潮が引くようによ。




 つまりは疼きが鎮まること自体が、嗜虐性が満足した証だとも云える。




 だからそれまでは、ひたすら人をいたぶり殺し回っているわけだ。        


 となると今回の嗜虐性の疼きにしても、おさまりをつけることは簡単だ。常々、嗜虐性が疼いた際に使うのと同じ手を、今回も使えばいいのだ。


 じゃあ、この苛立ちを失くすためにも、とりあえずいまから誰かに俺の犠牲になってもらうしかねえな。


 そうすれば、鬱憤晴らしができて不満も解消されて俺もおさまりがつく。


 この嗜虐性の疼きも鎮まり、いらだちの原因は取り除かれる。原因がなくなる以上、いらだちもまた消えて問題は解決するというわけだ。




 ふふふ、と師は微笑する。その目も剣呑にきらりと光る。




 じゃあ一体、誰を犠牲にする?


 誰かに、犠牲になってもらわなければならない。嗜虐性が疼いたときに、いつもそうするように。


 なにせ俺には嗜虐性に関しては一旦そいつが疼いてしまうと、どうしても掻き消すことができないという特性がある。


 放っておけば、自然とその疼きが鎮まるってことなどはないのだ。すぐに誰かをいたぶり殺せないときには、意志の力で一時的に抑えつけることはできるにせよな。いま誰かにすぐ手もかけず、こうして考え込んでいられるように。


 それでも最終的には一旦疼けば、誰かを犠牲にして鎮めるしか手がない。だから嗜虐性が疼いたときには、常に誰かを生贄にしているのだ。今回もそうしてやる。俺自身のために。




「まったく気分が悪いったらありゃしねえ。すぐに消してやるぜ。こんな疼きも、いらだちもよ」




 師はそうつぶやいて、師はがりがりと頭を掻いた。


 そのために今回も使ってやる。いつも嗜虐性を満足させ、その疼きを鎮めるときに用いるのと同じ手を。唇をにやりとさせる。その方法は三つあるが、さてどれにするか。




 一つめは、死刑執行人の務めに従事するという手がある。その務めの内容は、充分に嗜虐性を満足させられる処刑や拷問に事欠かない。従事すれば当然、嗜虐性の疼きは鎮められる。


 しかし、今回はその手を使うのは難しいか。


 師は嘆息をつく。死刑執行人の務めは待っていればやってくるが、今日のところはもうその仕事はない。最低でも、日をまたがなければその務めはやってこない。


 だが次の処刑を待つというのは、いまの自分にとってひどく酷だ。


 俺はすぐにでも、この嗜虐性の疼きを取りたいんだ。この状態では、とても待ってなどいられない。


 待つ気にすらなれない。これでは、その一つめの手段を取るのはとても無理だ。




 そうなると、ほかの二つの方法のうちのどちらかを選択せざるを得ない。嗜虐性が疼いてならず、しかし次の務めまで待てないときにいつもそうしているように。




 では、どちらをとる? 罪に手を染めるか?


 念頭に、二つの方法のうちの一つが思い浮かぶ。我々死刑執行人たちの裏稼業、世間では朧と呼ばれる賊として暗躍してやろうか。いつものように。


 にやり、と師は唇を曲げる。


 罪を犯すことに問題はない。嗜虐性が強いせいか、良心の痛みなぞまるで感じない。それで、ずっと躊躇なく罪を犯せた。家から出れば、すぐに王都周辺で。手慣れたものだ。なんなくできる。もうかなりの人数を賊として暗躍して以来、この手にかけている。


 その持って生まれた強すぎる嗜虐性が災いして、俺にはあることもあってな。


 いかに死刑執行人として処刑で人を殺そうが、拷問して誰かを痛めつけようがだ。それでもその嗜虐性が疼いて収まらず、無性に欲求を晴らしたいってときが。


 誰でもいいから、もっと人を殺したい。さらに人を傷つけたい。その欲求が昂じて止まらなくなってしまって、死刑執行人の務めがはじまるときまで待ちきれないってときがよ。




 そんなときは、俺としても人が目を背けるような暗く凶悪な罪を犯さざるを得ん。賊として外へ出て、人狩りを。自らの嗜虐性が満足して疼かなくなり、鎮まるまで。


 あるいは、怒りや様々な理由から、特定の誰かを殺したくなるというときにも。




 残念ながらというべきか、死刑執行人には人を好き勝手に裁く権限などは当然ない。


 死刑執行人は役目柄、公然と人を殺し傷つけられる立場にはある。


 それでも、自分が望むときに自由に人を殺せない。勝手にそんな真似をすれば、罪になる。しかし罪を犯せば、むろんのこと国によって処断されてその報いは受けねばならない。


 そうならぬためには特定の誰かを殺したい場合には、裏で手にかけてやるしか方法がない。賊として表立たず、罪を犯していることをけっして世間に悟られぬよう。


 俺としては犯した罪が発覚し、国から処罰されるって事態になんて万が一にも陥りたくもない。厳罰を受けたり、死罪になって殺されちまうなんてのはごめんだ。


 それを避けるには、罪を犯していることが露見しないのが一番だ。誰の仕業かわからないよう犯人不明の手口で罪を犯し続けているのも、そういうわけだ。


 ただ、それでも世間は罪を犯し続けている同一犯がいるということに感づいてしまったが。


 こちらとしては随時、朧の実在とその正体をさらす証拠を下手に出さないよう気をつけているんだがな。




 師は軽く肩をすくめる。




 まあ、仕方ないことなんだろうが。ひたすらこちらが証拠や実在する事実の隠蔽に努めても、朧が実在する可能性についてはけっして否定はできないからな。である以上、どうしてもその実在を怪しむ考えが出てくるのは抑えきれん。で、朧がいるかいないか定かならんという現状が形作られたわけだが。


 ともあれ、こちらとしては安全ではあるけどな。朧の実在があやふやになっている、そうした現状になってくれていた方が。


 いまにしても朧がもしもいるなら、その正体を探ろうとする動きがあるんだ。


 なのにいるとはっきりと悟られれば、その正体を探ろうとする動きもより活発になるだろう。そうなれば俺たちが朧だと悟られてしまい、こちらが国に追われる破目に陥り破滅しかねない。


 だからとどのつまりは、今回も罪を犯すとしたら内密にやらねばならんというわけだが。朧の実在をあやふやにし、こちらの身の安全を守るためにも。




 長めの灰色の髪を掻きあげると、くくっと師はくぐもった嗤い声をあげる。




 殺しはいい。ときに気が向けば、盗みも働くこともあるけどよ。しかし大体は俺が賊として暗躍するのは、盗みを主目的としてのことではない。


 殺しを目的にしてのことだ。人をいたぶり、苦しめ、殺したときに相手が見せるあの恐怖。あの表情。命を奪ったときの、あの全能感。すべてがとてつもない快感だ。こたえられん。


この悦びは弟子たちにはわからんだろうが。




 師は弟子たちにちらりと目を向ける。




 疼いてならない欲求を外で吐き出す手伝いをさせるため、俺は弟子たちにも賊として裏稼業を手伝わせてはいる。弟子にも協力させれば、独力でおこなうよりも容易に、かつ安全に目的を果たせるしな。


 だがそのときのみならず、死刑執行人として罪人を処刑や拷問をする際にしても、あの弟子どもが格別な悦びを見せるということはまずないからな。よほど相手が嫌な奴なら、手を出すときに悦ぶ場合もあるようだが。まあ、それは常人が見せる反応の範疇に収まる。


 かといって俺の弟子どもが常人かとあらためて問うと、どうかとも思うが。連中も師である俺に命令されて付き合わざるを得ないとはいえ、人殺しの罪を犯し続けているんだ。俺ほどではないにせよ、奴らも充分にまともじゃないと云えるだろう。




 弟子たちに視線を送りながら、師は人の悪い笑みを浮かべる。




 なんにせよ、もし今日も賊として裏稼業に手を染めるなら弟子どもにも付き合ってもらう。ただ、その弟子ども自体をいたぶるという手もあるんだが。最後の三つ目の方法として。




「さて、どうするか。いらだちと疼きを消すために、どこのどいつに犠牲になってもらうことにするか。どこかの馬の骨をぶち殺すか。それとも、身近な奴らで手を打つか」




 師はその指先で自らの手を掛けているひじ掛けを、とんとんと叩く。




 弟子どもを痛めつけることにも抵抗はない。いつもやっていることだ。ことに、こちらの虫の居所が悪いときは。


 だが弟子に手をあげるのは、そういうときだけではない。嗜虐性が満足していないが、賊として外へ出て人を狩るほどではないというとき。俺の生贄になるのは奴らだ。それで昂る嗜虐性が慰められ、その疼きが鎮まることも多々あるんでな。にやりと師は嗤う。




「おい。いまの師の言葉を聞いたか? いま師が云った身近な奴らって、ありゃきっと俺たちのことだろ」




 ジマがささやくと、隣のジマも同意してうなずく。




「やっべえよな。あれだけ、師はいらだっているんだ。やっぱ俺たちに、とばっちりがくるかもな」




 ルートヴィヒは無言だった。壁際で佇んで嫌悪感を示すかのように、舌打ちを一つする。




 伊達に弟子たちも、長年のあいだ師に仕えているわけではない。彼らは師のことをよくわかっていた。師の嗜虐性の強さも。それが疼いたときに、どうやって解消するのかも。だけでなく今日ずっとその身近にいたことで、いまの師がどういう状況にあるのかも。




 ルートヴィヒは師を見つめながら、黒い覆面に隠された眉間を密かに寄せる。




 あの囚人になめた真似をされて鬱憤もたまっただろうに、師はそれを晴らすことができなかった。


 鬱憤のせいで嗜虐性も疼いただろうに、結局のところ鎮められなかったのだ。さぞや不満だろう。そうした心境が原因で、師はいらだっているのだろう。それはよくわかる。




 そのため誰かを手にかけて自らの鬱憤と不満を晴らし、嗜虐性の疼きといらだちを鎮めようというのだろう。そうした欲求を、いま持っているというわけだ。


 だがその方法が問題だ。次の死刑執行人の務めを待つ。賊として暗躍する。その二つを選ぶなら、べつにかまわない。その結果、誰かが死にはするだろうが、自分たちへ師による被害が及ぶことはないからだ。




 しかし次の死刑執行人の務めは、今日はもうない。明日まで待たねばならない。その嗜虐性がひどく疼くというのなら、それまで師はとても待ってはいられないだろう。


 とすると、これから師がどういう行動に出るかはおのずと限られる。賊として暗躍するか、あるいは身近な弟子たちをいたぶることで手を打つかだ。いま自らが持つ欲求に従って、必ずやそうするだろう。


 そのくらいはルートヴィヒだけでなく、ほかの二人の弟子たちにもやすやすと読めた。おかげで弟子たちはすでに全員が緊張し、恐怖していた。




 もし師が弟子を痛めつけることを選んだら? ルートヴィヒは思う。そう考えると、背筋にも悪寒が走ってならない。


 その場合、俺たち弟子は師によって酷な目にあわされるだろう。師に暴力を振るわれれば、俺たち弟子は受け入れるしかないからだ。


 師はかつて凄腕の傭兵だった経歴がある。それほどの男だ。そんな師に抵抗したところで、俺たち弟子が敵うはずもない。


 師に手をあげられれば、痛めつけられるしかないのだ。ただし、救いもないわけではないが。




 ルートヴィヒは軽く肩をすくめる。




 師は、自らの下僕として弟子を必要としている。死刑執行人や賊として活動をするうえでも。さらには日々の暮らしのなかで、雑用をさせてこき使うためにも。


 そのため痛めつけても、師に弟子たちを殺す気はない。弟子を痛めつけている最中に、口に出しては殺してやると云い、頭に血がのぼりすぎて一時的な殺意を覚える状況になることもあるにせよね。




 それでも基本的にはもう使い物にならないほどに、弟子を極度に痛めつけたりはしない。


 弟子への情けのためではなく、あくまで自らの役に立たなくなっては困るという理由からそうしているに過ぎないが。




 とはいえ、それでも師の気が済むまで痛めつけられ、最後には俺たち弟子の躰はぼろ雑巾のような状況になることもままある。


 当然ながら、そんな状況になるのは避けたい。その心境は俺ばかりでなく、ほかの弟子たちにしても同じだろう。ルートヴィヒは二人の弟子に目をやる。


 見ればその証拠に、ゴーマとジマはぼそぼそとささやいていた。俺たちに当たり散らされるのは、ごめんだぜ。まったくだ。




 それはそうだろう。ルートヴィヒは思う。


 誰だって、痛めつけられたくはない。できれば俺としても、師の魔手が自分に伸びてこないようにしたいところだ。本音を云えば、師を避けるためにこの場から消えてしまいたい。




 が、それはできない。


 下手に師を避けるような行動は慎まないと。そんな真似をすれば、かえって師の癇に障って目をつけられかねない。あげく、自分がひどい目にあわされてしまうかもしれない。


 かといって、師のそばには居続けたくない。そばにいれば師の目について、その手が伸びてこないともいえない。自分こそが、師のいらだちと嗜虐性の疼きを向けられる生贄になりかねない。


 ルートヴィヒは、ほかの弟子二人に目を向ける。


 あいつらも、きっとそう思っているんだろうな。でもいまは、下手に動けない。だから一応、師の出方を待って自分同様にこの広間にとどまらざるを得ないんだろう。


 まさしく、その推察どおりだった。この場に縛りつけられながら、ゴーマとジマの二人は切に願っていた。自分に師の手が伸びてこないように。怯える目を師に向けながら。




                 

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