第7話 告白  本当は、俺たち死刑執行人こそが。

 束の間の時が流れた後、囚人は痛ましい姿になっていた。このときに至って、ついに囚人は屈した。涙を流して囚人は懇願する。




「わ、わかった。そっちは俺の話を聞きたいんだろ? 云う。云うから、やめてくれ」




「ふん。もう口を割るのか。肝が据わってないな。まあいい。こちらもおまえから話を聞き出さなきゃならんし、云え」




 師が命じると、囚人は口を割った。




「ま、まず、そちらが集めたがっている、朧についての情報だがよ。もう本当になにも持ってない。さっきも云ったけどよ。俺は朧とのかかわりなんてまるでない。この王都のごろつきにすぎねえんだ。職もない、単なる貧しい食い詰め者だよ。


 そんな身じゃあよ。さっき話したこと以外の朧についての情報なんざ、持ちようがないんだよ。なんか俺は朧に詳しいと勘違いされて、取っ捕まっちまったみたいだけどよ。朧については、そんな話すことはねえんだよ。そいつが事実なんだ。


 でも俺は捕まってから、いまに至るまでずっと知らぬ存ぜぬでだんまりを決め込んだ。そりゃ、なんでかっつったらよ。最近、こんな俺でもすこし運が向いてきてよ。街の賭場でちょくちょく大勝ちして、金が稼げるようになったんだ。


 羽振りが良かったのはそういうわけなんだ。俺がずっと、知らぬ存ぜぬを通してきたのもよ。俺としては嫌だったからだ。賭場での自分の大勝ちが、表沙汰になるのが。俺が大勝ちして大金をせしめたことを一旦誰かに漏らしたら、人づてにその話が外にだって伝わっちまうかもしれねえだろ。


 そりゃ口を割れば身の潔白を晴らせて、無罪放免になって獄から出られるかもしれねえけどよ。


 けど外に出られたとしても、俺にゃ結構な借金もある。表沙汰になっちまえば、借金取りに嗅ぎつけられてせっかく得た金をすべて取られかねねえ。でも俺としては、せっかく手に入れたんだ。まとまった金を取られたくなかった。取られちまえば、また貧しい生活に逆戻りだ。獄を出られても、苦しい暮らしが待つだけだ。獄を出る意味もなくっちまう。だからこれまで尋問されても、なにも云えなかったんだ。口を割れば獄から出られても、その代わりに大金がふいになるかもしれねえんだ。そんな状況になるのが耐えられなかったんだ」




「ほほう。いまに至るまで、おまえがだんまりを決め込んでいた真相はそういうことか。嘘ではないだろうな?」




「嘘じゃない。嘘を云ってばれれば、困るのは俺だ。また拷問にかけられてしまうことになっちまうもんな。拷問されるのが嫌でその恐ろしさに屈したからこそ、結局俺は素直に真実を話さざるを得なくなっちまって口をこうして割ったんだ。だからよ。もう俺への拷問はやめてくれ」




 囚人は懇願したが、師は意地悪く首を振った。




「ふむ。まあたしかに、嘘をつく必要もおまえにはなさそうだしな。どうやら、話に嘘はなさそうだ。しかしあいにくと、それでもおまえの頼みは聞き入れられん。拷問はやめれんよ」




「なぜだ? そっちが聞き出したいことは、もうすべて話したぞ。真相は伝えたんだ。だったらもう、俺に用なんてないだろ。拷問だって必要ないだろう?」




「おまえがなにを云おうと関係ない。なにせ、俺の気がまだ済んでいないんだからな。俺は誰かを痛めつけたくて、殺したくって仕方がないんだ。こちらの気が済むまでは、おまえにも付き合ってもらわなくちゃな」




 くくく、と低く師は嗤った。




「そ、そんな」




 今後も拷問が続く恐ろしさで顔から血の気が失せる囚人に、師は宣言する。




「情報を聞き出すためなら、おまえは殺してもいいと上役からも云われてるんだ。つまり、必ずしも生かしておく必要はないというわけだ。この状況を見逃す手はないな。俺の気が済むように、たっぷり痛めつけてから殺してやる」








 やがて師によって苦しめられた囚人は、ついに虫の息となる。師は囚人を眺めやった。すでにその躰はぼろぼろだ。放置しておいても、間もなく死ぬだろう。


 もっともこのまま手をこまねいて、囚人の命の灯火が自然に失われるのを待つ気はない。しっかりと自らの手でとどめを刺して殺してやるつもりだ。そうせねば残忍な行為を望むあまりに疼いてならない自らの嗜虐性を満足させられそうにない。


 ただ、急いでとどめを刺す必要もなかろう。囚人はもうすこしいたぶれそうだ。すぐ楽にしてやるには惜しい。あとちょっとくらい、こいつで愉しんでやろう。とどめを刺すのは、それからでいい。


 欲を出すと、師は笑んで囚人に話しかけた。




「憐れだな、おまえも。こんな因果な目にあうとは。朧ではないどころか、その賊とは微塵もかかわりがない身だというのに。単に賭けに勝っただけのおまえは、本来は無実。こんな目にあういわれもないというのにな」




 薄笑みを浮かべたあと、師は腰をかがめて囚人の耳元に顔を近づかせる。




「おまえは、もうすぐ死ぬ。そこで冥途の土産に、とっておきの秘密をこっそりとおまえに教えてやろう。おまえは、朧が実在するかどうかわからないと考えているんだったな? そんなおまえには、真実が知れる耳寄りな情報だぞ」




 師は囚人にだけ聞こえるように、その耳元でささやいた。




「じつはな。朧は実在している。そいつは、いまおまえの目のまえにいる。俺たち死刑執行人こそが、朧なんだよ」




 その言葉を受けて虫の息だった囚人は目をおおきく見開いた。師は反応があったことに満足する。ふふと嗤っている。


 俺のばらしたこの秘密。もしそれが世間に露見すれば、間違いなく国は俺たち死刑執行人を処断しようとするだろう。国を荒らす賊、朧として捕えてその罪によって。


 だから死刑執行人はみな朧は実在し、その正体は自分たちだということは秘密にしている。


 いままで罪を犯したところで朧の正体を悟られるどころか、実在すると知られかねない証拠ですら一切残してもこなかった。今後もそうするつもりでもある。だがそれも、すべてはこの秘密を守るためだ。


 朧が実在すると露見してしまえば、国は必ずやその正体が誰なのかを調べ出す。あげく下手をすれば自分たちこそが朧だとばれる結果を生みだし、我々死刑執行人の身の破滅にもつながりかねい。


 朧とばれれば、もちろん逃げるつもりではいる。国に捕まって処断されるなどは、ごめんだしな。それでも国は強大な力を持つだけに、追われれば逃げ切れるとは限らん。


 だから身を守るためにも、この秘密はばれることにだけはなってはならない。


 もっとも、その秘密を守ってきた弊害もある。賊としての自分たちに、頼みもしないのに朧という名を勝手に名づけられもしてしまった。名乗ってその実在を知られれば賊は誰なのか嗅ぎ回られてしまい、ついには秘密を守れなくなってしまうやもしれんからな。そうした恐れから賊としての名乗りを自ら上げるわけにもいかなかったことが災いしたわけだ。


 ついでに云えば実在を隠したあげく、王都近辺を荒らす賊がいるかいないかを巡って世間の見解も別れる次第にもなった。




 ふん、と師は鼻を鳴らす。




 まあ正直、どうでもいいことだが。名が朧になろうと。賊の実在を巡り、世間の見解がわかれることになろうともな。薄笑みを浮かべる。


 自分たちにつけられた賊としての名は、聞こえは悪くない。世間の朧への見解にしても、どうなろうとまるで知ったことではないものな。


 しかしその秘密が露見すれば、自分たちにとってまずいのはたしかだ。


 にもかかわらず、いまはあえてこうしてばらしてやったわけだが。その秘密を。特別にこの囚人に。


 とはいえ、そのことについてはまるで問題ない。そうしたところで、こちらが困ることなどは、べつになにもないからだ。


 いまやこの囚人は死ぬ直前。望めばとどめをいつだってさせる。その口を永遠に閉ざすこともできるのだ。いや、死をもって口封じをする必要すらない。散々に拷問して痛めつけたことで、ろくにもうこの囚人は口もきけないのだ。そんな奴になにを教えたところで、秘密をばらされる恐れなどあろうはずもない。


 ほかの誰にも聞こえないような、ささやき声で教えてやりもしたんだ。その秘密を俺がいま口にしたところで、誰かに聞かれる心配もない。絶対にその秘密がばれることはないからこそ、口にしたんだしな。




 師は薄笑みを浮かべると、囚人の耳にさらにささやく。




「かわいそうに。朧さえいなければ、おまえは捕えられることもなかったろう。朧だなんて疑われずに。ましてや死ぬこともなかった。


 なのにおまえは死んでいく。それも皮肉なことに、おまえ自身が捕らえられる原因となった朧の手にかかり、そのうえ散々に苦しめられてな。


 本来苦しめられるべきは朧である俺たちであって、無実のおまえではないというのにな。おまえとしては、さぞや朧が憎かろう」




 愉悦の光を宿し、師はその目を囚人に向ける。さあ、どういう反応を見せる? いい表情を見せてくれよ。




 くくく、と師は低く嗤う。




 実際のところ囚人を散々に痛めつけたあとに、とっておきの秘密を教えてこうして憎まれ口を叩くのもこれがはじめてではない。朧か、それとかかわりある者と疑われて捕らえられた囚人に対してもう何度となくやってきたことだ。


 そうした囚人相手にいまと同じことを云ってやれば、まずたいていはいい反応を見せてくれる。怒り、悔しさ、哀しみ。そういった諸々の負の感情を露わにしてくれる。


 そのときに囚人は躰の自由を奪われ、ただ感情をもってこちらになんらかの表現をするしか術がない。怒りをほかの行動で示したくてもなに一つできず、ただ無力感に打ちひしがれるしかない輩もいた。




 ベルモンは覆面の裏側で嗤う。




 ふふ、なんであれ囚人の負の反応を見るのは、俺の愉しみの一つだ。それがどんなやり方であれ、人に苦痛を与えられれば俺は悦びを覚えるんでな。こんなふうに口でいたぶることも、俺は嫌いじゃない。


 だからいまこいつにしているような、こんな真似もするってわけだ。こうすることによって俺はその都度、囚人どもの表情や反応を見て存分に悦びに浸らせてもらってきた。今回にしても、是非こいつには俺を愉しませてもらいたいものだが。




  ベルモンは期待に胸を高鳴らせる。




 しかし今回は、ベルモンの期待通りに事は運ばなかった。囚人は表情になんら負の感情をあらわさなかった。怒りも悔しさも、その顔にあらわれていない。すでに虫の息のために、さきほど目を見開いて以後はぜいぜいと苦しそうに喘いでいるだけだった。




 思わず、師は舌打ちした。つまらん、痛めつけすぎたか。




 だがその次の瞬間、囚人は弱々しいながらも師の方へ顔を向ける。その囚人の動きによって、両者の顔は極めて間近に迫る。その寸前まで、ベルモンが未だ顔を囚人の耳元に近づけたままでいたこともあって。




 なんだ? 師は思ったが、遅かった。




 そのときには、囚人は口をすぼめて唾をまたしても吐き出していた。


 今度は両者の顔があまりに接近していたこともあり、その唾は師に見事に命中した。その頬へ、べちゃりと粘液がへばりつく。


 途端に、師は怒りの形相をあらわにした。


 その頬を腕の袖でぬぐうと、腰をかがめるのをやめてまっすぐ勢いよく立ち上がる。囚人の襟首を両手でわしづかみにし、怒りに燃えてその上体を起こす。


                 


「よくも、やってくれたものだな」




 師は報復してやろうと思った。こんななめた真似をしてくれたことに対する懲罰は絶対にくれてやらねば気がすまない。が、あいにくとできなかった。その直後に、囚人は微笑して息絶えてしまったのだ。囚人の首が、がくりと落ちる。


 ふざけるな。いきりたって叫んだ。死んでしまうとは何事だ。これでは、仕返しができないではないか。おまけにとどめを刺してやろうと思っていたのに、その愉しみすらも絶たれてしまうとは。




「死ぬんじゃない。おい、おまえ」




 師は囚人の躰を激しく揺さぶったが、無駄だった。囚人は息を吹き返さない。


 うぬぬ、とうなりながらもその屍を手放す。囚人の屍は、寝台にどさりと落ちる。その屍をにらみつけながら、師は怒りをあらわにした。




「うぬう、いたぶれてすっきりしたかと思えば、これだ。唾をひっかけてくれた仕返しもできず、しかもとどめまでも刺せぬとは。うう。まったく不愉快だ。


 今日は拷問できる囚人が一人減った。それでここに来たときからいらだっていたが、もう一人の囚人の拷問もこんな形で終わることになってしまうとは。くそお。なんてことだ。


 この囚人をいたぶることで、そこそこすっきりしていた気分も台無しだ。最後にこの囚人が、ぶち壊しにもしてくれたせいでな。また、すごくいらだってきやがったぜ」




 怒りに駆られて衝動的に、師は思わず囚人の屍の顔を平手で引っぱたく。なんの反応もない。当然だ。相手は、とうに命を失くした人形に過ぎないのだから。




 師は渋面をつくる。




 すでに人形と成り果てた相手に平手打ちを喰らわしたところで、胸のいらだちは収まらない。唾を吐きかけやがったこの囚人へのうっぷんは解消しない。




 癇癪を起こし、てっとり早く師は物に当たった。


 八つ当たりに、ちいさな拷問器具を手に取って床に投げつける。




「ええい。とりあえず拷問はこれで終わりだ。囚人が死んだからには、もうなにもすることもない。今日はほかに務めもないし、家へ帰るぞ。とっとと、その用意をしやがれ」




 怒りに任せてそう叫ぶと、師は近くに据えられていた一脚の椅子にどかりと座りこんだ。いらだちを抑えようと両の拳に力が入る。歯ぎしりもする。




 一方で、弟子たちはその指示に従う。帰路につくために拷問室の片づけをはじめた。それが済むと、囚人の自白を伝えるために弟子によって上役の役人への報告が為される。




 その際に、自白を引き出す代わりに拷問で囚人が死亡したことも伝える。


 あらかじめ囚人を殺す許しを得ていたことから、死刑執行人たちは罰は受けなかった。その殺害に関しては、とくに問題視されなかった。




 こうして囚人の拷問は幕を降ろした。


 報告が済むと死刑執行人たちは、そろってまっすぐ家路についたのだった。

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