ダークワールド 王の物語 狂王戦記 死刑執行人編。蔑まれて虐げられる死刑執行人の望みは、復讐。そのために強大な力と狂った王になることを欲す。報復してやる。憎い奴らに、世間に、神に。
第6話 朧 朧と呼ばれる賊。実在するか否かがわからないのが、その名のゆえん。
第6話 朧 朧と呼ばれる賊。実在するか否かがわからないのが、その名のゆえん。
囚人は口を開いた。
「そもそも、その賊の存在が世間に知れ渡りはじめたのはそこそこ昔からだ。といっても、二十年ほどくらいまえからだが。
その賊の存在に気づいたのは、誰だかはわからない。ただかなり以前から、この王都近辺を荒らす犯人不明の事件がずっと起きてるだろ。そういった事件が起きる以上、必ず下手人はいるということになる。それで世間が、いつのころから感づいたというべきか。その一連の事件が、同一犯によって犯されている可能性があるということにな。
しかしながら、そうした賊が存在するという確固たる証拠もなかった。そのため世間では論ぜられることになった。本当にその賊が実在しているのかどうか、ということがな」
そうだな。それで? 師のうながしに従って、囚人はふたたび口を動かす。
「その賊の存在を肯定する連中。否定する連中。そいつらはそれぞれ自分の云い分を主張するが、それらにも諸説ある。だが大体の云い分はこういうものだ」
一息ついて囚人は云う。
「まず存在を肯定する連中は、大体は挙げてくる。賊が実在する根拠として、王都近辺で犯人不明と考えざるを得ない犯罪が起き続けているという事実を。
その事実こそが、同一犯が存在する証だと信じきって疑わないわけだ。同一犯がいるからこそ、誰が手を下したのかわからんという同じ手口がずっと使われての犯罪が起き続けている。そう考えて、より明確な信じるに足る証拠がなくともな」
師は黙って囚人の話を聞き続ける。
「だがいまの時代、国の治安もさほどよくない。犯人不明の犯罪が起こることなんて、ざらだ。どこのどいつの手にかかったのか不明なままに、誰かが殺されちまうってことも昔からよくある。なにかを盗まれるということもな。たとえば、ちょっとした口論で。あるいは食に困って、わずかな小銭目当てで。
ことに王都近辺では起きだした。その賊の存在が疑われだしてから、ろくでもない風潮も。犯人不明の犯罪が同一犯の仕業とみなす動きがあるなら、それをいっそ利用してやれというな。
そのせいで以来、多く出没するようにもなった。王都近辺には。犯人不明にみせかける手口で、罪を犯す輩も。いかにもその同一犯の仕業であるかのように、そいつらに罪をなすりつけるべく。事実そういう輩は、昔からよくこの界隈で捕まっているだろう?」
「嘘ではないな。実際にそういう奴らをよく処刑したり、拷問したりするしな」
師はあっさりと答える。そうかよ、とつぶやいて舌打ちすると、囚人は続ける。
「ともかくいま云ったそんな状況があることを踏まえたうえで、長年のあいだ王都近辺を荒らし続けていると評判の同一犯の存在に否定的な連中は往々にしてこう主張する。
犯人不明の犯罪が起きているからといって、そのすべてが評判の同一犯の仕業とは限らない。その犯罪のいくつかは、ある同一犯の仕業である可能性はもちろん否定しきれない。が、大体は別々の人間が引き起こしているものに過ぎん。
ただ類似の犯罪が昔から多く起こっているのは間違いない。それで、ずっと跳梁しているように見えるだけだ。犯人を不明とする手口を使って罪を犯し続ける、そんな同一犯が。
不幸にも、いままで犯人不明なまま解決をみない事件が重なり続けた。それによりそうした事件すべてがまるでそんな同一犯が犯し続けているというような錯覚が、巷間では生じてしまったのだ。
その結果、市井の人々によって形作られることになってしまった。話のうえでいつのまにか勝手に、さもそんな同一犯が存在するというような虚像が。それが噂となり、世間に浸透したのだ。
結局のところその賊の正体は、王都近辺を荒らし続けているとされるそんな同一犯とはまるで無縁の輩にすぎない。偶然にしろ故意にしろ、結果的にすこしばかり王都近辺で犯人不明となる罪を犯した者たちでしかない。
つまりは、そんな同一犯をつくりあげる元となった罪人たちは存在する。しかし実際には、罪を犯し続けるそんな同一犯自体は存在しない。
だいたいがそんな賊があらわれたとされてから、それなりに時間も経っている。なのに、その正体が未だ不明のままということも実在の否定を裏付ける証だともとれる。
ずっと正体不明のままなのは、奴らが本当にいないからこそだ。なにより、いるとはっきり断じれる証拠もない。そう唱えているってわけだ。自分たちの意見の方が正しいと考えて」
「朧にすこしは興味を持っているらしいだけに、それなりに知っているな。世間の朧に対する見解を。朧そのものの情報ではないにせよ」
師はそう感想を洩らす。ふんと鼻を囚人は鳴らす。
「興味本位で、そこそこそれなりに朧の情報を仕入れたんでね。だがまだ、すべてを話しきっちゃいないがな」
「こちらも役目だ。おまえの話は聞かなきゃならん。続けろ」
師がうながすと、囚人は再度口を開く。
「世間ではこうして見解がわかれたが、もちろん決着はつかない。誰が何を云おうとも決め手が欠けるんでな。おかげで世間では次第になっていったわけだが。王都近辺を荒らし続ける、そんな同一犯が本当にいるのかいないのかわからない。そう考える、いわば中立的な考えを持つ者が増える状況に。かくいう俺も、その一人だが」
「そうだな。それにつれて、世間ではもっとも色濃くなっていったが。そんな賊がいるかどうかわからないという見方が、多数の意見は、世に強く影響を与えるものだからな。
それで、朧という名もつけられたわけだが。おまえが云ったように、本当にいるのかいないのかわからんこともあって、その賊に。犯人不明の犯罪を引き起こす同一犯がいようといまいと、呼称があると便利ということもあってな。単に同一犯とか、賊と呼んでもわからんときがあるからな。それが、どの同一犯と賊を指すのかということがよ。いくらでも世間にはなにかしらの騒動を引き起こす同一犯も賊も転がっているしな」
師がそう付けくわえた。囚人はうなずいて同意し、なおも語る。
「まあ、そうして現在に至っているわけだが。いまなお、朧がいるかいないかは論争されている。それも奴らの実在を未だはっきりと確認できていないからだが。
とはいえ現実には、相変わらず犯人不明の犯罪は起きているんだ。その下手人がいるという点に関しては、誰も否定してはいない。その犯罪を長年引き起こすいまや朧と呼ばれる同一犯、そいつが実在しようとしまいとな。朧の実在を認めるか否かの点では多少、世間では見解がこうして異なっちゃいるが」
「まあな。しかし朧に関する見解は異なれど、べつの点では世間は意志を統一している。
その連中は罪人に違いなく、見逃すことはできないという一点でな。なにせ王都を荒らす者は、確実に存在しているだけに。
国にしても同じだ。統治する立場としては、当然だと云えるが。自国の治安を守る必要性があるからには。そこで国は不逞の輩をすべて捕らえて処断するべく昔からそうだが、いまも躍起になっているってわけだ。そうすれば、いようといまいと賊が一掃されてしまえばいずれ朧も消えるであろうからな。ついでに国もきれいになって、賊に荒らされることもなくなる。国としては、いいことづくめだ。
それで今回、おまえも王国側に睨まれて捕らえられたってわけだが。おまえ自身が朧であるか、あるいは奴らとかかわりのある身とみなされてな。そうみなされて捕まる気の毒な奴らは数えきれないほどいるんだが、そのなかにおまえも入ってしまったというわけさ」
師は低く嗤う。
「迷惑な話だぜ」
囚人が不平をつぶやくと、師は軽く肩をすくめる。
「しかし、おまえもついていないことだな。そんな賊にかかわりがあると思われて捕まるとはな」
「まったくだ。一体なんで、俺がそう思われたんだ? もしかして誰かからの密告でもあったのか?」
「そうだ。おまえは近ごろ羽振りが良かったろう? 普段は貧しく、職すらない身のうえのくせに。そのことから、こう疑われたんだ。ひょっとして、裏で悪事を働いているのではないか? でなければ、羽振りがいいことに説明がつかない。
朧についても妙に詳しい。ならもしかすると王都近辺を荒らす賊の朧に、あるいはおまえが最近になってかかわったということも考えられる。もしかするとなんらかの形で仲間に入ったかもしれない。
だったら、おまえが朧に詳しいのも急に金を持つことになったのも納得できる。朧にかかわるなり、くわわったりしたなら、その話にも当然詳しくなる。大物の賊と接点があるなら、大金だって得やすいだろうとな。それでおまえの仲間は、その疑いを国に密告してぶつけたんだ」
「朧について詳しいって云われるのは、なんなんだよ。ちょっと違うんじゃねえか? だってそうだろ。俺は単に興味本位で、ちょっと知っているってだけじゃねえか。誰でも知ってるような、朧についての話をよ。連中が実在するとか、その正体は誰なのかとか、朧についての貴重な情報はまるで知らないってのに」
囚人は叫んだ。だな、と師はククっと嗤う。
「くうっ。誰だ。俺を売りやがった奴は」
悔しそうに囚人は顔をしかめたが、師は首を振った。
「さあな。それは知らん。だが密告が事実ならば、朧を肯定する国の上役連中はおまえから欲しいと思っているんだ。朧に関する詳しい情報を。もしおまえが本当に朧か、すくなくともかかわりのある者ならばそれなりに得られるだろうしな。
上の連中はその情報があれば、朧を駆逐できるかもしれんとも考えている。おまえからもたらされる情報を頼みにし、朧を捕らえるなり殺すなりしてな。もし本当に朧がいるなら、これを機に奴らを駆逐してやる。そう期待しているってわけだ。
だが貴重な情報を知るはずの当のおまえは、役人が尋問しても知らぬ存ぜぬを繰り返す。
そこで我々、死刑執行人の出番となったわけだ。仰せつかったのでな。上役である国の役人から我々は。おまえを拷問にかけ、真相を聞き出せと。もし朧とかかわりがあるなら、吐かせろと。朧に関する情報をいろいろと、おまえから」
愉しそうに師は低く嗤う。自分を痛めつけることがさも愉しみだと云わんばかりのその嗤いは、囚人の癇に障る。結果として死刑執行人に腹を立てた。
「この拷問吏が」
死刑執行人には別称があった。拷問吏、処刑人、刑吏、首切り役人などである。そのなかの一つの呼称を囚人は吐き捨てて、ペッと師に向けて唾を飛ばした。
自分に手を下そうとする処刑人に、なにかしらやり返してやりたい。そう思ってのふるまいだった。だがあいにくと、その唾は当たらない。師に軽く躱された。
「結構だ。なかなか、元気があり余ってるようじゃないか。ええ?」
ひとしきり低く嗤うと、師は尋ねる。
「しかし、どうした? もう朧についての話はしないのか? もしかすると、おまえの知る朧に関する情報はこれですべてか? こちらは役目上、おまえの持つ朧に関する情報すべてを知りたいんだ。まだなにかあるなら、そいつもぜひとも聞かせてもらいたいものだがな」
師がうながしても、囚人は口を今度は一向に開かない。
「どうしても話す気がないということか? そうして黙秘する態度をとるってことは」
「朧について知ってることはすべて教えた。もう話すことなんざねえよ」
囚人はそう云い捨てると、顔を師から背けてそっぽを向く。師は小刻みに首を縦に振る。
「ほう、そうか。簡単に信じるわけにはいかんが、だとしてもこちらとしてはまだおまえに聞きたいことがある」
「あ? なんだ、そりゃ?」
「おまえはどうして、これまでだんまりを決め込んでいた? そのことについても上役から、腑におちんので聞いておけと依頼されているんでな。そいつを明かしてもらいたい」
「さあな」
「ふん、話す気がないか。まあいい。そういう態度を取るなら、いまからしっかりと痛めつけて取り調べてやる。おまえがなにを隠していようと、そのすべてを暴き出してやる。おまえの口から、無理やりにでも吐かせてな。そうするのが、こちらの役割だからな。
それに、俺自身が望むところでもある。ちょうど、囚人を痛めつけてやりたいと思ってもいたんでな。俺は」
師は微笑して宣告する。くそが。囚人はそう毒づく。師はにんまりと唇を歪める。
「この器具、どう使うと思う?」
知るか。囚人はそう叫ぶ。師はおおきくうなずく。
「知らなくていい。その身に使われるときに、否応なくわかる」
師は器具の一つを持つと、ジョキジョキと不気味な音を響かせながら手で弄ぶ。
「いま煮立てさせている湯も使ってやろう。おまえのその躰にな」
師は残忍な悦びに酔いしれながら低く嗤う。囚人の顔色は青ざめている。怯えて躰に震えも走る。
「じゃあ、拷問をはじめようか。せいぜい、いい声で泣いてくれよ」
師は手に持つ器具を囚人の指先に近づかせていく。やめろお。囚人の悲痛な絶叫が拷問室に反響する。師は意に介さない。もはや中断する気はなかった。
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