後始末・2
稟ちゃん? あーね、死にそうになってるよ、とヒサシはいつになく冷たい声で言った。
妹尾さんと道の駅に行って買い物をし自宅まで送り届けちょうど帰宅した息子さんに挨拶し、今度また絶対一緒にドライブしましょうねなんならご飯も食べましょうねと約束をして自宅に戻り、部屋で宿題をしていた美晴を褒めていたら唐突にヒサシがやって来たのだ。私の代打として弁護士事務所の秘書業に精を出しているのではなかったのか。
「秘書はやってっけどね。俺は。ただ稟ちゃんが死にそうって話ししたくて」
宿題が終わらない美晴を彼の自室に追い込み、我々はキッチンで立ち話をする。ヒサシは見るからに不機嫌だった。
「代理人うまくいってないの?」
「そっちは別に。石瀬ん家の事情が先方の耳に入ってさ、暴力振るったのと怪我させたのはもちろん悪いことだしちゃんと責任取ってもらいたいけど、でも……って」
「人情だ」
「それよ。すごいよね、俺理解できない」
キッチンの壁をこつこつと指で叩いたヒサシは、それにしても、とくちびるを歪めて続けた。
「稟ちゃんは。覚悟して見てるはずなのに、あんな死にそうになるなんて」
「何を見たの」
「石瀬元夫とその長女」
だろうなとは思う。あの家に、あの部屋にいちばん強く留まっていたのはそのふたりの魂だ。
「祓えないの? 稟市さんってそういう……」
「できるよ。でも今回は俺がやった」
「つまり?」
ヒサシは時々、けだもののような目をする。人語を解さず目に付くものすべての喉笛を喰い千切りその屍を糧に生きる異形の生き物。
「長女が言うのよ、ありがとうって」
「……は?」
「俺も直接は聞いてないよ。ただの死んだ人間の魂なんて俺には見えない。だから稟ちゃんから聞いただけ、だけど」
ありがとう、これでお父さんとふたりきりになれる、そう、石瀬かすみは言ったのだという。
堪らず吐いた。キッチンで話をしていて良かった。シンクに顔を突っ込んで胃液を吐き戻す私をヒサシは憐れむような醒めたような目で眺め、そして言った。
「だから俺が片付けた。見えなかったから適当だけどね」
「……あんたが片付けると、魂ってどうなるの」
「消える。消去される。俺はそういうやり方しかできないから」
「じゃあ」
「お父さんとふたりきりで虚無の世界に消えたんじゃねえの? 知らないけど。でも、それでいいじゃん。なんで稟ちゃんが死にそうになんのさ。訳分かんねえ」
訳が分からないヒサシには、一生そのままでいてほしいと思った。傷付いている稟市さんにも、変わらずにいてほしいと願った。私は、週末になったら徒歩15分のところで暮らしている鳴海さんの母親、私の母でもある女性、相澤
【了】
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