10話
当時鳴海さんは京都に住んでいたのだけど(京都の大学に通っていた)、私からの「たすけて」というメッセージを聞くなりクルマを飛ばして村に戻ってきてくれた。鳴海さんが家に現れた時私はほとんど裸で組み敷かれ、肛門に父の性器を挿入されていて、それを見るなり鳴海さんは何の迷いもなく父のワイシャツの背中を革靴で蹴った。
そこから先は一方的な暴力だった。騒ぎに気付いた近隣住人(とはいえ家と家のあいだがそれなりに離れているため、気付かれるまでにはそこそこの時間がかかった)が警察に通報してパトカーが到着する頃には、父は顔中、体中から血を流し、あばらの一本も折れているような状態だった。鳴海さんのパーカーで汚れた体を隠した私は、ただただ震えていた。暴力には慣れていた。殴る蹴る、風呂に顔を沈められる、真冬に冷水を浴びせられる、額に煙草の火を押し付けられる、私を犯しながら首を絞めるのが父は好きだった。そう、本当に暴力には慣れていた。私に向けられる暴力には。
警察に拘束された鳴海さんは、しかしただでは起きなかった。京都から村に戻る際、院で世話になっている教授(その人も弁護士だ)を自宅から引きずり出してここまで連れてきていた。真夜中である。鳴海さんの暴力行為とは別に、私は再び保護される流れになった。だがこの村の児童相談所がアテにならないのは前回既に証明されている。
私は、鳴海さんの実家に預けられることになった。
鳴海さんの実家は私の自宅からはクルマで1時間ほどの村というよりは町、いや街と称するのが正しい比較的都市部にあり、オートロック付きのマンションの5階の部屋に鳴海さんのお母さんがひとりで暮らしていた。この家は離婚の慰謝料としてもらったものの一部なのだという。
父は、鳴海さんの実家をも襲撃した。この世界にはあの男を裁ける者がいないのだと知って私は絶望した。鳴海さんにも、お母さんにもこれ以上迷惑をかけたくなかった。死にたかった。そんな折だった。
「東京に逃げようか」
鳴海さんのお母さんが、私の手を取って言った。鳴海さんのお母さんは鳴海さんに良く似た涼やかな切長の眼と薄いくちびるが印象に残る夏の夜に吹く風のような人で、仕事は『文筆業』をしていると言っていた。
「東京……?」
「この家は売るなりなんなりやりようはあるし。来年には鳴海も東京行くって言ってるから。●●ちゃん、一緒に行こう」
傷だらけの、ペンチで一枚一枚爪を剥がされた私の汚い両手を握って、お母さんは言った。私は泣いた。私はこの世界から出ることができる。東京に行くことができる。また鳴海さんにも会える。私は私を取り戻すことができる。
私とお母さんは半年後にマンションの5階から東京の賃貸アパートに移住した。それから更に3ヶ月後に鳴海さんが合流し、私たちは3人で暮らし始めた。鳴海さんが色んな書類をいじってくれたみたいで、父が私の居場所を探すことはできなくなっていた。私は初めて、本当に自由になった。
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