8話
石瀬さんにはふたりの娘がいて、上がしおり、6年生、下がすみれ、3年生、で、今問題になっているのはすみれの方だ。塾で起こした暴力というのはかなりタチが悪くて、自分には死んだ人の魂が見えると言うすみれにそんなものある訳がないと返した隣の席の生徒の目に、手にしていたシャープペンシルを突き刺したというのだ。講師がすぐに救急車を呼んだお陰で命に別状はなかったものの、刺された左目はほとんど視力を喪失しているという。そりゃ訴えられるわというのが素直な感想だ。
「しおりは学校来てるけど、すみれは2週間前ぐらいからずっと休んでるっぽい」
名探偵ごっこを続けている美晴の報告に、そうかー、体調悪いのかなー、と返事をしながら夕飯の味噌きしめんをこしらえる。姫、と呼ばれているのが6年生の……しおりか。なんで姫なんだろう。子どもたちのニックネームのセンスが良く理解できないことは、しばしばある。
「卵! ふたつ入れて!」
「昼間ヒサシと道の駅行ってさ……買っちゃったんだよね、ホラ、見てご覧美晴……」
「1400円の卵! やべー! ふたつ入れて!」
素晴らしい食い意地だ。私は美晴に私が受けたような苦痛を感じることなく大人になってほしいので、1400円の卵と農協直売の葱と鶏肉が入った味噌きしめんをお腹いっぱい食べさせる。
「卵の色ヤバくない? すげー黄色!」
「これは……橙だね……」
「鳴海さんもふたつ食べるかな?」
「みっつくれって言うかもしれない」
「……隠しとく?」
「全部食っちゃうか! ふたりで!」
「やべー! ワル!!」
美晴と顔を見合わせてげらげら笑う。何がそんなに面白いのか分からなくなるまで笑う。誰にもこの幸せに踏み込んでこないでほしいと思う。私の幸せを奪ったり踏み躙ったりするようなやつは、この手で絶対に殺す。そんな気持ちに時々なる。ヒサシも言っていた通り、大人だからこの選択肢に手を伸ばしてしまうのだ。矯正はできない。する気もない。
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