4話
「何それ〜……ヤバヤバのヤバじゃん」
「やべーんだよマジで! ユキちゃん聞いてた?」
「聞いてた。ヤバいね」
美晴の事情聴取の結果、石瀬(母)が絵に描いたような暴君であることが発覚した。とはいえ子どもの証言の更に又聞きなのですべてを鵜呑みにすることはできないが、くじ引きで役員になってしまった今年転校してきたばかりの生徒の親を副会長に指名してこき使う、自分より一歳でも年下の人間は若造扱いして無理難題ばかり吹っかける(今回の議事録事件のようなことは頻繁に起きているらしい)、懇親会で下戸の人間に死ぬほど酒を飲ませる(犯罪)……など、なんだかもうやりたい放題らしい。
「親が元PTAの子から聞き出したの?」
「そ!」
「すげーな美晴、マジの探偵じゃん……ちなみにお子さんは?」
「6年に姫って呼ばれてるやつがいて、あと3年にもいる。見に行ったけど別にどうって感じじゃなかったな〜……俺ニンゲンって良く分かんないけど」
ニンゲンって良く分かんない〜は最近の美晴の決め台詞なのだが、今年のバレンタインは感染症対策で特に厳しく取り締まられていたにも関わらず山のようなチョコレート(さすがに市販品がほとんどだった)を貰って来ていた。美晴は大変気遣いができて誰にでも親切にする、人間ができたいい男なのだ。
さて置き。
「じゃあ殺害計画は練り直しか……」
「だからヒサシくんはおとななのにそういうこと言うのやめろって!」
「うへへ」
「ほんとにやめろヒサシ。あとうちの駐車場に社用車を停めるのもやめろ」
鳴海さんが帰ってきた。おかえり! と大声で言った美晴が飛び上がるように席を立ち、鳴海さんの分のハンバーグを焼き始める。これがハンバーグの日の彼の楽しみなのだ、タネ作るのは私だけど。
その晩、私は石瀬さんの発言と自分の対応を鳴海さんに報告した。名探偵美晴の調査結果も合わせて。
石瀬さんのいびりは地味に続いた。議事録の無駄に細かい修正や、会議で誰々さんはこんなこと言ってなかったという訳の分からん指摘(言ってたっつーの)、それに毎回付け足される、
「相澤さんは若いから分からないだろうけど……」
という呆れ声。有り体に言ってストレスである。これが一年も続くのか……という気持ちと、本来ならばひと月に一回の会議がなぜか週に一回ペースで行われていること、あと登下校の見守りまで石瀬さんとペアでやらされていることで私の機嫌は日に日に悪くなっていた。誰彼構わずというわけではなく、石瀬さんに対して愛想良くできなくなっているだけなので、鳴海さんや美晴との関係に於いては何の問題もないのだが。
「ねえ、相澤さん」
「はあ」
「ご主人、弁護士なのよね? ちょっと相談したいことがあるんだけど」
鳴海さんは私の主人ではない。言っても伝わるまいが。しかし弁護士ではある。
「訴訟ですか」
「そうなのよ〜!」
そうなのか。マジか。
「訴えるんですか」
「違うの、訴えられてるの! 大きな声じゃ言えないんだけど……」
雨がざんざん降って傘を差していても肩が濡れるような朝、石瀬さんはかなりの声量で言った。訴えられてる方か。それならまあ納得がいく。
「相談料かかりますよ」
「相澤さんとあたしの仲じゃな〜い!」
「相談料、かかりますよ」
ほんとに最近の若い子は、と石瀬さんは聞こえよがしに言い、とにかくちょっと一回会わせてくれない? と重ねて詰めてきた。めちゃくちゃ面倒臭いので首を縦に振った。
「
「
ぎゃんぎゃんやかましい石瀬さんをクルマに乗せて事務所に連れて行ったら、鳴海さんの共同経営者である稟市さんが書類の整理をしていた。それ本当は私の仕事なんだよな……。
「ご相談があると伺ったのですが」
「あら〜、ご主人ずいぶん年上なのね、相澤さん。どこで知り合ったの? お見合い?」
「それは今あまり関係がないですね。……ユキさん、コーヒー淹れてもらっていいかな?」
鳴海さんの言葉に、石瀬さんが耳聡く反応した。
「ユキさん? 相澤さんの下のお名前って……」
「石瀬さん、ご相談について聞かせていただけますか。我々あと1時間ほどしかこの事務所にいられないんです、裁判所に向かいますので」
喋る鳴海さんの隣に座る稟市さんが早く出なと目線で促してくれたので、足音を立てぬよう静かに応接室を出、事務所も出て、クルマに乗って自宅に帰った。ちょうど昼時だったので焼きそばを作って食べて、少し昼寝をした。石瀬さんからは特に何の連絡もなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます