3話
美晴を養子として迎えたのは今から7年前で、鳴海さんと籍を入れたのはその更に1年前のことだった。鳴海さんと知り合ったのは私が16歳の時で、私は鳴海さんの出身地でもある片田舎の閉鎖的な村で生まれ育ち死んでもこの土地から一歩も出られないんだろうなと思いながら毎日死にたがってる子どもだった。子どもだった。そう、16歳は子どもなんだ。
小学校にも中学校にもろくに行ってない私はもちろん高校に進学もさせてもらえなくて(そんな学力もなかった)毎日家で父の相手をするだけの肉の塊だった。
あの日、どうして私は家を出たのだろう。外出はほとんど許されていなかった。すごく体が弱いから、と外の人間たちに父は説明していた。子どもを置いて逃げたヨメの代わりに娘を育てているリッパなチチオヤ、が外の人間たちに見えている父の姿だった。私にはただの化け物にしか見えなかったけれど。でも逃げられなかった。その手段が私にはなかった。
でも、あの日。夏の日。山に囲まれた盆地の夏はとにもかくにもクソ暑い。夜は冷えるけど、父は夜窓を開けない化け物だった。理由? 娘に何をしているかがバレてしまうから、それだけだ。とにかくその夏の日、私はふらふらと家を出て、1時間に1本しか出ない電車に乗って、村から少し離れた町に出た。ああ、思い出してきた。そこにはライブハウスがあって、その日は無料のデイイベントがあると何かで見て知って向かったんだ。電車賃だけは母が出て行く前に握らせてくれた僅かなカネから捻出した。でもチケット代までは出せない。私はライブハウスに行ったことがなかったので、何か、誰か、お目当てがあったわけじゃない。ただ、ゴミみたいな日常から離れた場所に行ってみたかったのだ。
デイイベントには色んな人が来ていて、たぶん私がいちばん若くて、確実に私がいちばんみすぼらしかった。でも誰も私を見ていなかった。それだけで良かった。いつも父の、化け物の舐めるような視線に晒されている私には、ライブハウスは天国のような空間だった。
壁に背中をくっつけて立つ私に、黒いスーツにネクタイを締めた男の人がふらっと近付いてきた。クソ暑い真っ昼間だっていうのにすごい恰好だな、という気持ちと、天国と引き換えにこの男の人から何かを要求されるのかな、というふんわりとした絶望を両方抱えてその人を見詰めた。未成年? と彼は尋ねた。幾つかな? と。16です、と言ったら、烏龍茶とジンジャーエールどっちがいい? と重ねて訊かれた。ドリンクもフリーなんだよ、きみまだなんにも飲んでないでしょう、と。
それが相澤鳴海との出会いだった。
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