会議室のあの子
みんな見てると思います。三階の、第一会議室。て言ってもうちの会社に会議室なんていっこしかないんですけど。会議以外のこともやりますよ。年に二回のボーナスは社長からの手渡しですしね。ふふ、古風でしょう。時代遅れなんですよ、はっきり言って。まあでも好きで働いてるんだから文句は言えないんですけど。
ビルを建てた時からそんな気配はしていたそうです。勿論その、決まりごとみたいなお祓いとかはきちんとしたそうですが、施工の際に。でも効果なかったのかな。会社立ち上げの時から今に至るまで、ずっといました。みんな見てると思います。この季節になるとなんというか色が濃くなるんですよね。服装も旧日本兵を思わせる……ですし。会議室の端の、あの窓のところです、あそこにぼやーっと立ってるんです。びっくりするのは毎年入る新入社員だけですよ。ん、今はいませんね。あの弁護士さんが来てから、ちょっと行動範囲が広がったみたいです。
はあ、そうです、盗作問題。うちとしては完全に濡れ衣もいいとこなんで、弁護士を挟んで然るべき場所で話をつけましょうってことになって。市岡さん、ずいぶんお若い方でびっくりしました。でも社長……あ、今はもう会長なんですけど、私が入社した当時は社長だったのでそう呼んでしまうんですが、へへ、まあとにかく彼の浅草のね、遊び仲間に弁護士がいて、その紹介だというのでお願いしたんですが。
いやあ話は早かったですよ。先方もすぐに非を認めて引き下がってくれました。長く書いてもらってる先生の新刊の刊行直前でしたからね、さっさと蹴りを付けないとこちらとしても深傷を負いかねない状況だったので、助かりました。普段はこの手の仲裁? みたいなことはあまり引き受けてらっしゃらないそうで。未成年についての案件が多いらしいという話を聞きました、社……会長から。
ああもしかしたらあの彼も未成年だったのかも。いやね、市岡さん、話が全部丸く収まってから急にいちどだけ来社されて。会議室を見たいって言うんですよ。それで、別に見られて困るわけじゃないしお世話になったしってことで営業の若いのに案内させたら、「ああ」って言うんですって。なんか納得した感じで。それで訊かれたんですって。「あそこにあの子がいたら嫌ですか?」って。営業の若いのも、あと面白がって付いてったバイトの子も誰のこと訊かれたのかすぐに分かったみたいで。社内に怖がるやつがいないわけじゃないけど、居るのが当たり前みたいになってるから、もう。平気ですよって言ったんですって。そうしたら市岡さん「良かったね」って例の場所に話しかけて。それで営業の若いのに「あの子、ミステリ結構読み込んでるみたいですよ。新刊とか見せてあげたら喜ぶんじゃないですか?」って言って帰っていきました。
そこからです、その彼が会議室以外にも現れるようになったの。朝早くとか終業後とか、人のいない時間を選んではいるみたいなんですけど、編集部とか営業部にも顔を出してね。敬礼なんかして見せるんだけど、軍人じゃないんじゃねえかなぁアレは。うーん、見た感じはほんとに少年……。
営業部は新刊の見本誌をわざわざデスクに並べて帰るんです。編集部はそこまで露骨にはやってないみたいだけど。で、出社してきて確認するんです。いちばん読み込まれてたやつの部数をいちばん増やす。SNSでも宣伝する。結果は……まあ、ご存知でしょう?
ああ、構いませんよ全部書いてもらっても。本屋さんのあいだでも噂になってるみたいですしねぇ、【莞侑社の座敷童子】。夏のオカルト記事って扱いになるんですか? あの子面白がるかなぁ? そういえば僕たち、あの子の名前も知らないんですよね……。
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