第52話 その3

 葵先生が近づいてきて、あたしが持ってたズボンを引ったくると、そのままオーツチのところに持っていく。


「早く履きなさい。紅さんは、生徒達をみてきなさい」


イエッサー、という返事しか出来ないような見事な命令口調。

オーツチは泣くのを止め、窓際のカーテンの中でズボンを履きはじめ、あたしは、とにもかくにもいちばん心配なビトーちゃんのところに行く。


「ビトーちゃん、ビトーちゃん」


スカートがめくれないように押さえながら、揺り起こすと目を覚ました。状況が分からないという感じだ。


「大丈夫、痛みは無い?」


「あげはちゃん…… どうなってるの……」


「くわしい話は後でするから、みんなを起こして。あ、まずはムトーちゃんを起こして、クラスに帰らせて。あたしはタカコを起こすから」


ムトーちゃんの名前を聞いて、はっきりしたらしい。すぐさま起こしに行った。

あたしはタカコを揺り起こすと、手分けして皆を起こしはじめる。

 その途中で、保険医を連れて北方先生が戻ってくる。全員が気がついた頃にはもう問診がはじまっていた。


そして異常無しと言われたものから、北方、葵の両先生から、尋問が行われる。


「ビトーちゃん、ムトーちゃんは?」


「さっき見つからないように、出ていきました……」


それを聞いた後、残ったシューガール達と話し合う。


「みんな、何があったか覚えている?」


あたしが訊くと、タカコが眉間にシワを寄せながら答える。


「ところどころ。オーツチが原因なのはおぼえているけど、途中から覚えてない」


他の2人も同様だった。


となりの席のコに、何があったか覚えているか訊くと、お弁当を食べ終えた後からは覚えてないという。他に数人訊いてみたが、同様の答えだった。


「というコトは、全部覚えているのはあたしとオーツチだけか」


「あげはは覚えているんだね? 何があったの?」


あたしが3人に簡単に説明するが、やはりというか当然というか、半信半疑だった。


「あたし達の記憶からすると、あげはの言っていることが本当だと思うけど、証拠が無いのが痛いわね。どうする?」


タカコがカトーちゃんに尋ねたところで、あたしとオーツチが呼び出された。


「2人は生活指導室まで来るように。他のものは授業を始めるぞ」


全員痛みがひいていたようで、学生の本分を行い始める。


部屋を出ていく前にカトーちゃんからアドバイスを言ってくれた。


「あげは、本当のコトよりも納得いくコトの方が大事だからね」


ありがたい言葉なのだろうが、今のあたしには上手い話が思いつかない。どうしたものやら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る