俺は君がいいんだ!
放課後、王立学園にいるエステリーゼの元に日参しては、俺は恥や外聞などお構いなしに彼女に結婚を申し込んでいた。
「エステリーゼ、頼む!! どうか俺の求婚を受けてくれ!!」
「ひゃああっ」
びくりと背中を震わす彼女はこっそり帰る算段だったようだ。
先ほどの反応と、あえて人気のない道を歩いていたことを加味すると、俺から逃げるためだったことは容易に想像はつく。
エステリーゼは、最初から俺との婚約を拒んでいた。
そんな彼女が簡単に頷くはずがないことは百も承知だ。長い間、友人として彼女との関係を続けてきたからこそ、彼女の決意が固いことは十分知っていた。
元より長期戦は覚悟の上だ。何度でも結婚を申し込むつもりで、卒業生の俺が学園内で求婚することは、事前に学園長にも説明して許可も取ってある。
エステリーゼは迷惑そうな表情を隠そうともせず、勢いよく振り返った。
「またですか!? その話はもうとっくに……。というか、急に後ろから声をかけないでくださいっ。心臓に悪いです」
「俺の何が不満なのか、教えてくれ。君好みに生まれ変わってみせるから!」
必死に言うと、エステリーゼは呆れたように長いため息をついた。
「別に変わってもらわなくてもいいです。ジュードには他のご令嬢がお似合いです。わたくしのことは、どうかこの先も友人として見てください」
この先も友人として、という断り文句はいつも彼女が決まって言う台詞だ。
(なぜだ。どうして俺は友人以上として見てもらえない……!?)
エステリーゼはもう用はないとばかりに、さっさと背を向けて、ひらりと片手を振る。
そのまま立ち去ろうとするので、俺は無我夢中で駆け出して彼女の腕をつかんだ。
「俺は! 他の誰でもなく! 君がいいんだ!」
必死に言い募ると、エステリーゼはぽかんとした顔から一転し、さっと頬を染めた。
ここ最近は冷たくあしらわれることが多かったせいか、彼女が恥ずかしそうに顔を赤らめていることに動揺してしまう。ギュッとつかんでいた手からも、つい力が抜ける。
「……そ、そんなことを大声で叫ばないでください……! 何度言われても、婚約はいたしませんから!」
「待て! まだ話は終わっていない!」
俺の手を振り払い、エステリーゼは脱兎のごとく逃げだした。いつになく逃げ足が速いせいで、すぐに彼女の姿も見えなくなる。
周囲は静けさを取り戻し、俺だけがその場に取り残される。
悲しいことに逃げられるのはもう慣れてしまったが、どうも釈然としない。なぜなら、今日の彼女の反応には少なからず手応えがあったから。
これまで友人という立場で接してきたからわかる。
当初は警戒されていたが、今では俺のことも憎からず思ってくれていることを。
(それなのに……どうして求婚を受け入れてくれないんだ?)
何に怯えているのかわからないが、求婚の話をするとエステリーゼは我に返ったように顔をしかめ、絶対に首を縦に振らない。
あともう一押しだと思うのだが、エステリーゼの心は難攻不落の城のように守りが堅い。
まるで鋼のような強情さに、俺は焦れる日々を過ごしている。
(くっ……一体どこに行ったんだ!?)
息を切らしながら、卒業した学び舎の中を必死に探す。
彼女の性格からして静かなところに逃げ込んだはず。放課後に人気が少ない場所を思い出し、中庭に向かった。
俺の予測は当たっていたようで、奥に植えてある木の横にエステリーゼの姿を見つけた。
「エステリーゼ……」
名を呼ぶと、これ以上になく鋭い眼差しが向けられた。
「しつこい男は嫌われるんですよ。いい加減、目を覚ましてください。あなたはヴァージル公爵家の次期当主でしょう。そんな立場ある方がわたくしのような女を追いかけ回すなんて、周囲がどう思うか、わからないはずがない。違いますか?」
エステリーゼに出会う前の自分だったら、確かにこんな風に追いすがることはなかっただろう。一人の女に執着するなんて馬鹿げているとさえ、思っていたはずだ。
でも俺はもう出会ってしまった。運命の恋に。
「エステリーゼは……俺のことが嫌いか?」
「恋愛感情として嫌いか好きかといったら、好きではありません。大体、ジュードにはたくさん縁談が来ているのでしょう? どうしてわたくしに固執なさるのですか」
心底わからないといった風に聞かれ、俺は本心を打ち明けるべきか逡巡した。
けれど、思っていることは言葉にしなければ伝わない。そう思い直し、ありのまま打ち明けることにした。
「……俺が君を諦めてしまえば、他の男が君の夫になる。そんなのは耐えられない」
「どれだけわがまま……!」
「社交界で何度か、俺と踊ったことがあるだろう」
「え? ええ……」
先ほど言葉を遮ってしまった俺の非礼を咎めず、エステリーゼは続く言葉を待ってくれている。ならばもう、なりふり構っていられない。
今までは恥ずかしさが上回って本人に直接言えなかったが、今ならば。
(いや、逆だ。今を逃せば、このまま一生言えない気がする……!)
俺は自分の拳をギュッと握りしめ、ありったけの勇気を絞り出し、今まで面と向かって言えなかった真情を初めて吐露した。
「…………ドレスで着飾った君は、とても、とても綺麗で……。ただそれを口にするのはなかなかに勇気が要った」
君以外の女性には興味はない。
いつだって、エステリーゼは俺にとって特別だ。
他の令嬢に社交辞令を述べるのと、好きな女性を褒めるのとでは難易度がまったく違う。
「君はもう気づいているかもしれないが、俺は女性を褒めることが苦手なんだ。でも、君のあの笑顔を見たとき、俺は恋に落ちた」
決死の覚悟で告げた告白に、エステリーゼは黙って聞いている。
否定も肯定もしない様子から、俺の言葉の真偽を疑っているのかもしれない。
それとも、告白の一部に嘘を織り交ぜていることに気づかれたのだろうか。
(……本当は最初の出会いですでに恋に落ちていた。あのときの、君の泣きそうな顔がずっと忘れられなかった。だがこの本音をそのまま伝えてしまったら、君は嫌がるだろうな。それに舞踏会で見せてくれた笑顔にときめいたのも嘘ではないし……)
彼女はもう茂みで震えているだけの女の子ではない。
凜と背筋を伸ばして堂々とする姿は気品に満ちており、立派な淑女として美しく成長した。
髪をアップし、シャンデリアの下で見るエステリーゼはまるで女神が降臨したかのような神々しさだった。
そのため、舞踏会では、たどたどしくドレスを褒めるのがやっとだった。けれど、エステリーゼはそんな俺をばかにしなかった。
照れたように笑いながらお礼を言われたとき、心臓を鷲づかみされた心地になった。
そのぐらい、エステリーゼが心から見せた笑みは破壊力抜群だった。
あの笑顔を向けられてときめかない男などいるものか。絶対、彼女を他の男に渡してなるものかと決意した瞬間だった。
「初めて会ったときから、すでに好意は抱いてはいたよ。だけど、一番心を揺さぶったのはあの舞踏会だ」
エステリーゼは信じられないような顔で片手を口元に当て、思わずと言ったように本音をもらした。
「あなた……恥ずかしがり屋だったの?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。