不器用ここに極まれり
案じるように告げられた子爵令嬢の質問に、俺はドキリとした。
どれだけ身長が伸びても、他の令嬢に紳士的に振る舞うことができても、肝心の婚約者の前では好意を示せない。
いくら両家の親公認とはいえ、未だに空回りしている自分は婚約者失格だろう。エステリーゼに嫌われていると誤解させたまま、今までずるずると関係を続けてきたのもよくなかった。
本音を言えば、エステリーゼの答えを聞くのはこわい。だが聞きたい。相反する気持ちを抱えながら、俺は彼女の答えを静かに待った。
待つ間は寿命が縮まる思いだったが、エステリーゼの声は平坦だった。
「さあ、どうかしら。政略結婚なんてこんなものじゃない? 相思相愛のイレーユのほうが珍しいと思うけど」
「う、うーん。でも普通は、贈り物ぐらいはすると思うわ……」
「あいつは嫌々、婚約しているのよ。わたくしのエスコートのときだって、ずっと仏頂面なのよ?」
確かにエステリーゼと一緒にいるときは、緊張のあまり、硬い表情になっていたと思う。
筆頭公爵家の息子として、婚約者である彼女に恥をかかせる振る舞いはできない。全神経を集中して完璧なエスコートを意識した結果、表情を繕う余裕は確かになかった。
(キールからは力みすぎだと注意されたこともあったな……)
何度も脳内でシミュレーションしてきても毎回失敗続きで、彼女の前でだけ、うまく笑うことができない。逆に憎まれ口ならいくらでも叩けるのだが。
内心頭を抱えていると、エステリーゼの俺に対する評価があまりに低すぎるのを懸念したのか、子爵令嬢が俺の援護を始めた。
「だけど、ジュード様は貧乏子爵家の私にも優しく声をかけてくださるわ。エステルと一緒にいるときは確かに少し口が悪いようだけど、あなたの扱いは丁寧だった。本当にエステルのことが嫌いだったら、もっとぞんざいに扱ってもおかしくはないと思うの。現にエステルは舞踏会で壁の花になることはないでしょう?」
「あ、あれは……筆頭公爵家だから挨拶回りが多くて、それで付き合わされているだけよ」
「そうかしら。あなたが他の男からダンスを申し込まれるのが嫌なのではなくて?」
「やだもう、イレーユったら恋愛小説の読みすぎよ。わたくしとあいつに限ってそんなことないったら!」
俺は心臓を剣で突き刺されたように、がくりとうなだれた。
間接的とはいえ、彼女の口から直接放たれた言葉の数々は、想像以上に心のダメージを与えた。
(薄々気づいてはいたが……まさか一ミリも期待されていないとは……)
嫌われている自覚はあった。婚約の顔合わせのときから彼女とは口げんかばかりしているのだから当然だ。
そして俺は彼女の誤解を解けないまま、ずるずると謝罪する機会を引き延ばしていた。こんなのただの怠慢だ。婚約者ならば、すぐにでも彼女に許しを請うべきだった。
(エステリーゼに告白する勇気がない俺には、プレゼントを渡す資格もない……)
今日のために作らせたのは、世界でただ一つの宝飾品だ。
これだけ手間暇かけて用意したのだから、渡せばきっと喜んでくれると思っていたが、まずその考えが傲慢だった。
そもそも嫌っている相手からの贈り物など、喜ばれるはずがないというのに。
(俺は……愚かだ)
毎度素直になれないばかりか、彼女を怒らせることしか言えない。
この関係が変わらない限り、エステリーゼとわかり合える日なんて永遠に来ないだろう。
◆◇◆
俺は失意のまま帰宅し、まっすぐ自室へ向かった。
クローゼットを開けると積み上がった箱の山と目が合う。俺は他の箱の下敷きにならないよう、今日渡すはずだった細長い箱を、一番下の隙間にそっと差し込んだ。
そして、記憶に蓋をするようにクローゼットの扉を片手で閉める。
「ジュード様……。クローゼットは本来、服をしまう場所です。婚約者のプレゼント保管場所ではないのですが」
メイドから渡されたお茶一式を受け取っていたはずのキールはすでにお茶の準備を済まし、こちらを気遣うような目を向けていた。
「…………仕方がないだろう。渡せなかったのだから」
「そうですね。ジュード様は今回もなんとか渡そうと頑張っておいででした」
さも当然のように断言され、俺は目を見開いた。
さぁっと血の気が引いていく。
「み、みみみ見ていたのか!?」
「どうか誤解なきよう。警護の一環です。ただ、メイドからも別の保管場所に移してはどうかという案が出ております。なにぶんエステリーゼ様に渡せなかったプレゼントの数は年々増え、かなり場所が圧迫されていますので」
「…………」
迂闊だった。
着替えや衣替えのため、メイドやキールがクローゼットを開けることは珍しくない。その隅で毎年高くなっていく箱の山にも当然、彼らは気づいていたはずだ。
(なぜ、俺は言われるまでバレていないと思い込んでいたんだ……)
今まで誰からも指摘されなかった。だから、案外バレていないのではと都合よく解釈するようになっていた。けれども、実際は屋敷の者全員にずっと気遣われていたのだ。
キールの口ぶりから、あえて見て見ぬ振りしてくれていたのだろう。穴があったら入りたい。
絶望と羞恥で動けずにいると、キールが慌てたように弁解した。
「ああ、ジュード様を責めているわけではありません。我ら使用人一同、この恋の行方を全力で応援しております。手助けできることがあれば、何なりとお申し付けください。一日でも早くエステリーゼ様に心を開いてもらえるよう毎夜、私も天空神に祈っております」
祈りのくだりで、俺は我に返った。
もともと、キールは信仰心がそれほど強いわけではない。だというのに、そんな彼が毎晩神に向かって祈りを捧げているとは、にわかには信じがたい。
というか、その姿がまったくイメージできない。
「なに? 毎夜、祈りを捧げているというのか?」
「もちろんです。ジュード様の幸せが私の幸せです。主人の幸せを祈るのは普通ですよ」
「そ、そうか……」
「いかがされましたか、ジュード様?」
「できれば期待には応えたいが……その、俺は不器用だから……皆の期待を裏切る結果になるかもしれない。そう思うと……俺はなんて不甲斐ないのだと思って」
自嘲気味につぶやくと、キールは表情を改めた。その顔に同情や呆れの色はない。
彼は数歩進んで俺との距離を詰めたかと思うと、臣下が主に忠誠を誓うように胸に片手を当てる。
キールの覚悟を感じ取り、俺は背筋を伸ばして彼に向き直った。
「ジュード様。婚約者との関係を変えたいと思うのなら、今からでも遅くありません。このクローゼットに眠る贈り物の中から、どれか一つでも渡してみてはどうでしょうか? わざわざ外国から取り寄せた宝石をあしらったブレスレットだって、エステリーゼ様のために見繕ったものですし」
「いやいや、どの面下げて、数年前のプレゼントを渡せと……!? プレゼントすら渡せない男だと自ら暴露しているようなものじゃないか!」
カッとなって言い返してから気づいた。
(違う。キールは悪くない。俺が心を入れ替えて誠実に接すれば、エステリーゼだって話ぐらい聞いてくれるはずだ。相手がどんな身分でも困っている人がいれば手を差し出すような女性だ。……そんな彼女を頑なな態度にさせている原因は考えるまでもない。全面的に俺に非がある)
最初の出会いで、精一杯着飾った彼女をけなさなければ。
毎回人をばかにしたような表情で、本音と真逆の言葉を投げかけなければ。
公衆の面前で、彼女を悪く言わなければ。
(いや……仮に時が戻っても、きっと俺は同じことをするに違いない。あの頃の俺は、異性に対して辛辣な言葉しか吐けなかったのだから)
だとすれば、どうあがいたところで結果は同じではないだろうか。
思考の海に溺れていると、キールの優しい声で現実に意識が引き戻される。
「…………もういっそ、すべてを包み隠さず本音をさらけ出してみてはいかがですか? あちらのプレゼントの山とともに」
「な、何を言い出すんだ。そんなことをすれば、彼女は明らかに引くだろう!」
俺が強く抗議すると、キールはそっと視線を横にそらした。
おそらく俺が思い描いた未来が想像できたのだろう。キールは咳払いで誤魔化し、話を続けた。
「……まぁ、最初は戸惑うかもしれませんが、よもやこのまま隠しきるつもりではないでしょう? 結婚すれば、いつかは話すときが来るのです。なら、それは早いに越したことはありません」
「う……」
「ジュード様、どうか諦めないでください。必ず、チャンスはやってきます。そのときはエステリーゼ様と話し合い、これまで押し隠してきた本音を打ち明けてみてください」
「……ぜ、善処はする……」
口げんかしかできていない現状で、一体いつ、そのチャンスがやってくるのかは不明だが。
(とはいえ、キールの言葉にも一理ある。諦めたらそこでおしまいだ。諦めずにあがいていたら……いつか天空神からもお慈悲が賜れるかもしれない)
そうだ。諦めるのは時期尚早だ。
幸い結婚までの時間的猶予はまだある。すぐには無理だが、少しずつなら歩み寄れるかもしれない。彼女が俺の婚約者でいるうちに、なんとかエステリーゼの心を射止めなければならない。
彼女が親しい者に優しく微笑むように、いつか俺にも同じ笑みを向けてほしいから――。
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