スマートなプレゼントの渡し方とは

 今日はエステリーゼの十六歳の誕生日パーティーだ。

 当然ながら婚約者である俺も招待されていた。公爵家の華やかなパーティー会場とは趣は違うが、和気あいあいとした雰囲気の中で開かれるお祝いの場は心地よいものだった。

 公爵家と比べれば規模は小さいものの、色とりどりの花が見ごろを迎える庭園を眺めながら楽しむ立食パーティーは、誰もがリラックスした顔で談笑している。

 この場に呼ばれている貴族はウォルトン伯と同じく穏健派だ。そのため、今日ばかりは社交場特有の腹の探り合いも鳴りをひそめている。


(落ち着け俺……今日こそエステリーゼにプレゼントを渡すんだ……!)


 今日は彼女が生まれた特別な日だ。

 半年前から吟味に吟味を重ね、稀少石を中央に置いたオーダーメイドのネックレスを工房に作らせた。宝石彫刻師に使う宝石の色を聞かれ、俺は彼女の瞳に似たイエローダイヤモンドを選んだ。

 婚約者への誕生祝いの品は、フロックコートの内側ポケットの中に忍ばせている。問題は、これを彼女に渡すスマートな方法だった。


(去年はプランAもBも不可能になり、プランCさえも不発に終わったからな……。今回は前回の教訓を活かして……)


 頭であらゆるパターンを想定して解決策を模索していると、呆れたような声が真後ろからした。


「……今年も来てくれてありがとう、と言うべきかしら?」


 ゆっくり振り返ると、そこには不満げな顔をしたエステリーゼがいた。

 髪には生花を編み込んでおり、まるで花の妖精のような愛らしさだが、ふと目に留まったパールオレンジの口紅にドキリとする。

 全体的にクリーム色でまとめたドレスは、裾にかけてオレンジ色で濃紺をつけていた。ドレスの裾には黄緑の刺繍糸で蔓草が描かれている。

 端的に言うと、とても可愛かった。

 けれども、俺はいつものように減らず口を叩くので精一杯だった。


「毎年出席しているのは婚約者の義務だからだ。君の婚約者でなければ、わざわざ来るわけがないだろう」

「それもそうね。だったら、その義務はもう果たしたでしょう? わたくしとしては、すぐにお帰りいただいても一向に構いませんけれど?」


 刺々しい口調と挑発的な視線に怖じ気づきそうになるが、公爵令息ならポーカーフェイスぐらい保って当然だ。

 動揺した素振りを見せてはすぐに足をすくわれる。相手につけいる隙を与えるな。

 公爵家で何度も繰り返し言われた言葉を反芻し、表情を引き締める。鼓動の音はさらに激しくなっていたが、気づかないふりをした。

 いつも通りを意識し、俺はふんと鼻を鳴らした。


「わざわざ言われなくとも長居するつもりはない。挨拶回りが終われば、勝手に帰らせてもらおう。見送りは不要だ」

「……ああそう。どうぞご勝手に!」


 エステリーゼは俺の言葉を額面通りに受け取ったようで、さっさと踵を返してしまった。結果的に例年と同じく彼女の背中を見送ることになり、俺は内心頭を抱えた。


(いつも通りに接したら、こうなるじゃないか! どうして成長しないんだ俺は。今年は頑張ると決めたのに。くっ、このまま早々に帰っては男が廃る……!)


 拳を握りしめ、うつむいていた顔をバッと上げる。

 だがエステリーゼを探しに行こうとする矢先、運悪く他の貴族から声をかけられてしまう。


「ああ、ジュードくんじゃないか。久しいね」

「……閣下。ご無沙汰しております」


 無下にはできない相手だったため、俺は笑顔をはりつけて話の輪に混ざった。

 これから売り出す特産品から始まった話は次第に長い孫自慢に変わり、集まった貴族たちが二人抜けたところで、適当な理由をつけて俺もその場を辞した。

 急いでパーティー会場をぐるりと回ってみたが、エステリーゼの姿は見つからない。


(彼女は今日の主役だ。いないはずはいない。よく探せ。……先ほど聞き込みをしたメイドから、エステリーゼが屋敷の中にいないことは裏が取れている。となると……裏庭のほうか?)


 今回、裏庭は一般開放されていない。

 ウォルトン伯爵家の裏手にある庭は畑があり、基本的に身内しか立ち入らないプライベートゾーンだ。俺は婚約者として一度だけ案内されたことがある。奥に大木があり、その下で本を読むのが好きなのだと同行していたメイドが昔こっそり教えてくれた。

 記憶を頼りにゆっくり歩を進めると、楽しそうに話す複数の声が聞こえてきた。

 どうやら一人きりではないらしい。

 彼女たちから死角になる位置を確保し、木陰からそっと様子を窺う。

 角度的にエステリーゼの表情はわからなかったが、彼女の腕の中には、丁寧にブラッシングされた上品な毛並みの白猫がいた。

 俺の記憶が正しければ、伯爵家で猫は飼っていないはずだ。となると、そばにいる令嬢の飼い猫だろう。砕けた様子で話している様子から、相当気を許している相手だろうと推測がつく。エステリーゼの正面に座る令嬢は遠目でしか確認できないものの、その容姿には見覚えがある。


(ふむ、亜麻色の長い髪にピンクのリボン……ということは、エステリーゼと一番親しいランファート子爵令嬢か。先客がいたのでは出直すしかないな)


 ただでさえ恥ずかしいのに、よりによって彼女の友人の前でプレゼントなど渡せるはずがない。

 足音を立てないように退散しようと決めると、ふと彼女たちの会話に自分の名前が出てきて思わず動きを止める。


「そういえば、ジュード様とお話ししていたわよね。婚約者から一体どんなプレゼントをされたの? それともプレゼントは二人きりのときに渡されるのかしら?」

「プレゼント? ないない。そんなもの、あるわけないじゃない」


 行儀が悪いとは思いつつ、会話に耳を澄ます。


「…………えっと、エステル? あなたたち、婚約しているのよね?」

「もちろん。だけど、これまでプレゼントはもらったことがないわ。ただの一度もね」

「ええ、嘘でしょ? 婚約者なのに贈り物をされたことがないなんて、何かの冗談よね?」


 先ほどの返答は新手の冗談だと思ったのか、ランファート子爵令嬢が大げさなほど驚いた声を見せる。けれどその反応は想定内だったようで、エステリーゼは淡々と説明した。


「残念ながら冗談じゃないわ。真実よ。本当に季節の花さえ、もらったことはないのよ。……だから、イレーユがうらやましいわ。そのドレスやアクセサリーも婚約者から贈られたものなのでしょう?」

「え、ええ……。ドレスを新調するお金がないと言ったら、ドレス一式を送り届けてくれたの。今は隣国に留学中だから会う機会は少ないのだけど、週に一度は必ず手紙を届けてくれるから、そこまでさびしくないわ」

「イレーユが幸せそうでよかったわ」

「……エステルは幸せじゃないの?」

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