第31話 休戦
翌日早朝より、イスラム軍のエルサレム正門への投石器による集中攻撃が始まった。イスラム軍兵士も城を守る兵士の誰もが、城門の破壊される様子を遠巻きにして観ていた。
これだけの人数が集まる場で投石器の放つ音、門の破壊されていく音以外は、何も聞こえない一種不思議な静寂感漂う光景ではあった。
これが最後の戦闘であることを誰もが自覚していた。
(ついにこの時が来たか・・・・・・)
彼我の兵士の絶望と高揚感の入り混じった沈黙の時がしばし流れた。
やがて、城門が大きく崩れ、城壁の内部と外側とをつなぐ狭い通路ができた時、そこに双方の兵士が一気になだれのごとく殺到した。無数の弓が乱れ飛び、城の中は通さないとする騎士たちと城内へ突入しようとするイスラムの兵士との最後の壮絶な戦い・・・・・・
夕暮れまで一進一退を続けた戦いも、お互いの退却の合図で潮が引くように終結した。
双方共に三桁を超える新たな犠牲者を生んでの戦いの終焉だった。
城側とイスラム軍の両者から白旗があがり、休戦交渉の提案がようやくなされた。
*****
サラフアッディーン・・・・・・通称サラディーンとアル・タヌイーン、そして舞姫。エルサレム王国側からは、バリアンとシビラ、そして宮下の総勢六名が休戦交渉の場に立った。
エルサレムの、崩壊した正門の前で初めて一同が顔を合せることとなった。
「もうこの辺でよかろう。このまま永遠に戦い続けるつもりなのか? 私はあなた方を皆殺しにするつもりはない。すぐにエルサレムを明け渡せば命は保証しよう」
サラディーンが口火を切る。
「キリスト教徒にはこの聖地から皆退去してもらうことになるが、エルサレム王国の王家の者も含めて、全ての住人に危害を加えることはない。退去のための船もこちらで用意しよう」
休戦交渉にあたり、当初は徹底抗戦も辞さない覚悟で望んだバリアンも、目の当たりにしたサラディーンの人柄に大きく動かされた。
信頼に値する相手なのかどうかを、即座に判断したバリアンもまた一国の領主であり、サラディーンも大国の王であった。言葉を交わさずともお互いの心根を垣間見るのにさほど時間はかからなかったのだ。
細かい休戦にあたっての事務作業は部下に任せ、ここにエルサレム攻防戦は終わりを告げ、十字軍の戦いは新たな局面を迎えることになる。
「師匠、私らの役目は終わったようだな・・・・・・」
「はい、姫さま。どうやらそのようです」
和平交渉のおおよそが決まるや否や、宮下と舞姫の姿が急速に薄くなっていく・・・・・・
消えゆく二人を唖然と見守る四人には言葉も無い。
「マイ・・・・・・ 行くのか?・・・・・・」
「ああ、サラディーンのおっちゃん、お別れだ。楽しかったよ、おっちゃん。元気でな」
舞姫が、サラディーンとアル・タヌイーンへ、そしてバリアンとシビラの二人に別れの笑顔を向ける。
「シビラとバリアンの二人には まだなんとなく縁がありそうな気がするんだけどなあ」
「もしそうだとしたら嬉しいね」
「バリアンとシビラは一緒になるの?」
「・・・・・・まだ決めたわけではないが・・・・・・」
「バリアン様とシビラ様のご子孫といずれどこかで・・・・・・おそらく」
「だよな、爺。そんな気がするよ」
宮下と舞姫が一一八七年のエルサレムから姿を消した数年後、獅子心王リチャードの登場によって第三次十字軍遠征が始まる。
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