第30話 交渉

「エルサレムの奪還はなんとしても我が手で実現したい。だがこれ以上の我が軍の損害もエルサレムの女子供たちの犠牲も私は望んでいない」


 サラディーンの言葉に舞姫が答える。


「このまま戦闘を継続してもいずれエルサレムの陥落は時間の問題。あとはできるだけ損害を少なくやるかだけど・・・・・・」


「ハッティンでの戦いであれだけの敵兵を捕虜にできていなかったとしたらと思うとぞっとするわ」

「確かにもっと長引いていただろうし、損害数も桁が違ってただろうね」


「マイ・・・・・・ 双方納得してこの戦いを終結させる方法を考えてくれんか・・・・・・」


「・・・・・・」


「これ以上の無駄な血は流したくない・・・・・・」


「条件は?」


「エルサレムの明け渡しさえ実現出来れば、他は相手の言う条件でいい」


「エルサレム王国の王女はどうする? バリアンを含めた戦闘員は?」


「エルサレムから出ていってくれるなら命までは奪わん」


「向こうも休戦せざるを得ない落とし所を探すしかないね。今のままなら全滅するまで戦うか、最後はエルサレムに火を放って自害するしかないと思ってるだろうし」


「彼らは過去、降伏した我が軍の全てを虐殺した経験から自分らも虐殺されるだろうと考えている」


「そうはならない保証を示しつつ、交渉の場を設けるしかないね」


「頼む、マイ。お主にこのことを頼みたいのだが・・・・・・」


「わかった。エルサレム軍の副官として従軍中の、おいらの師匠から休戦交渉のための事前交渉の申出があったから話はしてくるよ」


「こんなことはマイに頼むべきことではないのは百も承知・・・・・・」


「大丈夫。任せといて」


舞姫と宮下の極秘の会合はエルサレムとサラディーンの陣から等距離にある砂漠の窪地で行われた。天に煌めく無数の星たちと月明かりの下、弟子と師匠は再会を果たした。


「姫さま、あの最後のお別れの時よりも随分と若くなられましたな。むしろ初めてお会いした頃に近い」


「ああ、なんでか知らないけど、この年齡に戻れて楽だったよ。この世界に転生する直前なんかもう、今の師匠と大して変わらない年齡になっていたし・・・・・・」


「我らは何のためにこの世界、この時代、この国に転生させられたのでしょうか?」


「爺がバリアンとシビラ、おいらがサラディーンのおっちゃん・・・・・・ この三人の運命を変えるために送り込まれたのかも・・・・・・」


「それはともかくとして、この戦争の落とし所についてサラディーン殿はなんと?」


「もうさすがに犠牲はお互いに出したくないっていうところが本音らしいけど、あくまでもエルサレムを明け渡さないならば強硬手段をとるつもりだよ、おっちゃんは」


「皆殺しも辞さないと・・・・・・?」


「そう、でもそれは避けたいと」


「条件は?」


「明け渡してくれれば、全ての民、女王もバリアンたち騎士や戦闘員も全て命は保証すると」


「明け渡したら出ていかざるを得ないでしょうな」


「必要な財は持ち出してよし、出国のための船も用意してくれるそうだ。ただこちらにもメンツがあるので一人頭金貨二枚で解放するという取り決めにしたいそうだ」


「わかりました。しかし、今のままでは戦いの幕を下ろすタイミングが難しいのも確かです」


「いきなり降伏じゃあ、双方とも疑心暗鬼にとらわれるかもな・・・・・・」


「姫さまの方ではすぐに移動可能な投石器は何台ございますか?」


「・・・・・・五、六台ってとこだろう・・・・・・ なんで?」


「その投石器をすぐさまエルサレムの正門前まで移動し、正門破壊に集中使用なさいませ」


「? 」


「塞いであるとはいえ、他の城壁に比べれば弱い唯一の攻め所です。数時間の集中攻撃には耐えられ様もございませぬ」


「そんな情報流したら師匠の身も危ないんじゃ・・・・・・?」


「これはバリアン様にも了解をいただきました故、ご心配には及びませぬ。正門を抜かれればそれ以上の継戦は不可能であることを皆知っております。その段階で休戦提案をしていただければ もはや誰も文句は言いますまい」


「なるほど・・・・・・」


「ただ、約束を違えた場合はあくまでも最後の一兵まで戦うとのご覚悟でした」


「わかった。サラディーンのおっちゃんにもそう伝えておくよ。準備が整い次第・・・・・・明朝攻撃開始、夕方には休戦交渉にはいる段取りでいこう」


「バリアン様にもそのようにお伝えします」


「バリアンとシビラ姫の命を救い、サラディーンのおっちゃんの暴走を防ぐために私と爺はここにいるのかもしれないな」


「そうかもしれませぬ」


「となれば、その後はどうなるか・・・・・・」


「またどこかの面白い世界で一緒に暴れられるかもな、爺」


 舞姫の言葉に無言で(どこまでもお供いたします)と頷く宮下の表情は微かな笑みを見せていた。

「ところで爺、いや師匠。ちょいと手合わせ願いたいのだが、どうだ?」


「・・・・・・ 師としては弟子の技量の様を検分する義務がございまする」


「いやあ・・・・・・ この世界でも師匠の上をいく相手がいなくて、腕がなまりそうだったからな」

「それでは軽くお手合わせを・・・・・・」


 その後、一時間ほど剣を交わす音が砂漠の闇夜に響き渡り、護衛役で付随した双方の兵士よれば、二人の剣技はまるで美しい舞のようであったと後に伝聞されている。

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