第28話 ハッティン終結

 一騎打ちが舞姫の一方的な勝利に終わった瞬間、サラディーンの軍からは歓喜の声が一斉にあがったが、エルサレム王国の王ギーは、破れかぶれの全軍突撃を命じた。


「ばかが・・・・・・ お前らの行動などとっくにお見通しだ」


 ルノーの首をおのれの剣に突き刺し、敵軍の様子を伺っていた舞姫はつぶやいた。そしてその右手が大きく振られると、アル・タヌイーンはサラディーンの傍らでゆっくり頷いた。


 絶妙のタイミングで、数万人が布陣していたエルサレム軍の周囲に大地を轟かす大きな爆発音が連続で発生した。


 エルサレム王国全軍が動き出す前に、その数約二万人の兵士達は突如陥没した地面の底へと落下していった。


 大規模に人工的につくられたその罠によって、およそ三十%が圧死し、残されたほとんど全てが戦闘不能に陥り、武器を捨てて捕虜となった。


 新国王として戦いに望んだギーも虜囚の身となり、後のエルサレムの攻防戦終結後、解放される。


国王と名のつく相手を殺すことをサラディーンが快しとしなかったためと言われている。


 大規模な地面の陥没を誘った爆発は、これまでこの世界では使われたことのなかった『火薬』によるものだった。


 我々の持つ一般的な知識として知る【火薬】は中国で発明され、欧州中近東に伝播されたのは十三世紀の終わり頃とされている。


 だがこの時、舞姫は己の知る火薬の知識により、その調合方法を百年先んじてサラディンに与えることとなり、一万数千人の命と引き替えに歴史の歯車を大きく前進させてしまったこととなった。


 これが、その後の科学技術の発展にどう影響したかは、別の物語に譲ろう。


 現代に伝えられるハッティンの戦いでは、約千二百人の騎士団はほぼ全滅、歩兵、傭兵あわせて二万人程が戦死したと伝えられているが、舞姫の立案した作戦により七割の兵士が捕虜となりイスラム帝国に奴隷として送られることになった、とはどこの史実書にも記述はない。


 ともあれ、ここにハッティンの戦いは終結した。


 この戦いにより エルサレム王国は首都エルサレムを守護すべき多大な戦力を一気に失うこととなった。後にエルサレムをめぐる戦いに大きな影響を与えたことはすべからく多くの歴史家の認めるところであるが、ハッティンの戦いが舞姫によって巧妙に誘い込まれた戦いであったことを知るものはほとんどいない。


 サラディーンと舞姫の思惑通りに、最後の【エルサレム攻防戦】の火蓋が切って落とされようとしていた。

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