第23話 第二節 ハッティンの戦い <その一> ボードワン四世
「サラディーンのおっちゃんの話は簡単に言えばこうかい?」
舞姫はサラディーンとその傍らに控えるアル・タヌイーンにむかって悪びれる様子もなく語りかけた。
「おっちゃんのこの国とエルサレム王国は一時的に平和を保っているけどエルサレム王国の王様、ボードワン四世だっけ? は 病気で先が長くなくて、彼が死んだ後はエルサレムをめぐってまた戦争再開するだろうと・・・・・・」
うなずくサラディーンの代わりにアル・タヌイーンが応えた。
「ボードワン四世には跡継ぎがいない。そうなると彼の実の妹、シビラ姫かその実子が妥当なところだが・・・・・・」
「何か問題でも?」
「おおありだ。そのは息子は、すでにボードワン四世と同じ病に侵されている。やつらはそのことを知らんようだが、我が国の情報収集力はかの国の比ではない」
「ということはそれもまた先が長くない・・・・・・」
「ボードワンの甥っ子は、まだ5歳でしかない。後見人が必要だが、シビラにはあの国をまとめていく力はないのだ」
「その根拠は?」
「人望はあっても戦力を、自分の思い通りに動かせる騎士団を持っておらんのだ」
「じゃあ、だれが次の実権をにぎるのかな?」
「シビラには夫がいる。ギーという男だが、これが暴力が好きなだけのなんの戦略眼も持ち合わせていない輩ときている。さらにやつの側近は、平和条約下にあるというのに、我が国の隊商をたびたび襲って紛争の根源となっている男だ。私の実の妹もそやつの手にかかって惨殺された」
「おっちゃんは、このまま平和を維持したいの?それともエルサレムがほしい?」
サラディーンが即答する。
「キリスト教徒にとってエルサレムが聖地であるようにイスラム人間にとっても聖地なのだ。私の目の黒いうちに必ず取り戻す」
「じゃあ、話は簡単じゃないか」
アル・タヌイーンが首をかしげて、舞姫に話の続きを無言で促した。
「ボードワン四世が生きていれば平和は維持して、その間に戦力の充実を図り、ボードワン四世の後釜にはギーという男を据えるように画策すればいい。戦争したがってるんだからやってあげればいいさ、向こうの望む通りに」
「しかし向こうの騎士団の戦力はかなりのものだ。おいそれと勝利を得ることは難しいのだ」
「なにも戦争を始めてすぐにエルサレムの城を正面から攻める必要はないさ。こちらの用意した戦場に奴らを誘い込んで瞬滅してやれば、あとは戦力の激減した城はこちらの思うがままさ」
「マイ・・・・・・ 末恐ろしい娘だな・・・・・・」
サラディーンが驚きの表情をみせつつも我が意を得たり、と口元に笑いを浮かべた。
「おっちゃんもそう思うだろ?」
「戦争するにも、犠牲は少ないほうがいいのは当然だからな」
「機を見て、国王の甥っ子は病気ですって情報流してやれば、一旦は国王の妹姫が戴冠するだろうけどすぐに間抜けな戦争好きがいいように動いてくれるよ」
「仮に近いうちにギーが王国を継いだとして、どうやってやつとやつの騎士団を誘い込むのだ?」
アル・タヌイーンは己の疑問を投げかけた。
「その時になったら、その役目は私にやらせてくれないかな、サラディーンのおっちゃん?」
「ふむ・・・・・・ マイにはなにか考えがありそうだな・・・・・・」
「その手のバカは扱いやすい、おいらには得意の分野かな」
舞姫の目がいたずらを思いついた悪魔のように輝きを増す。
お得意の分野というよりも『大好きだとお顔に書いてある』とアル・タヌイーンとサラデイーンは顔を見合わせて笑った。
「エルサレムへ、おいらみたいのが忍びこんでもだれも疑わないだろ? 一人だけ道案内をつけてくれればギーという馬鹿を煽ってくるよ、おいらを追いかけて戦争仕掛けてくるくらいに・・・・・・」
「面白いことを考えるやつだ・・・・・・マイ、その時を楽しみしておこう」
「ところでエルサレムの騎士団の武器やらなにやら、連中の装備がどんなものか知りたいな。自分の武器がどの程度通用するのか今のうちに確認しておきたい」
サラディーンは別室に控える部下を呼び耳打ちをすると舞姫に伝えた。
「少し待ってくれ、騎士が使っている標準的な装備を持ってこさせる」
*****
ボードワン四世は、己の素顔を仮面の下に隠したまま、宮下とバリアンの前に立っていた。
「バリアンよ。お前の推薦してくれた宮下は大したものだ。このエルサレムの城郭の欠点や改修案、攻撃された場合の対処方法は今までにだれも考えついたものはいないほど画期的なものだ。それにシビラの護衛を完璧にこなしてくれているばかりか、護身術まで授けてくれているとか・・・・・・ シビラがぞっこんらしい」
「はっ、お役に立てたとなればこの私も顔が立ちます」
「・・・・・・バリアン、私はもう長くない・・・・・・ シビラとおまえでこの国を、エルサレム王国を守護していってはくれぬか・・・・・・」
「そ、それは・・・・・・ 私にはお受けいたしかねます、なにとぞ・・・・・・」
「妹婿のギーの奴が必ず実権を握ることになるぞ? それでもいいのか?」
「・・・・・・」
バリアンはそれには応えず、喉まででかかった”承諾”の言葉を飲み込んだ。彼はこの国の運命は流れのままに任せるしかないと考えていた。それで王国が滅びようともしかたがないことなのだとも・・・・・・
「・・・・・・まあよい」
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