第17話 四 開眼、そして失踪

 夫と二人三脚で始めた訓練も半年、一年と過ぎたが、これといった目立った効果はなく、私の視力は完全に失われることとなった。


 それでも訓練の成果がいつか現れることを期待しつつ、訓練は継続していた。


 白杖(視覚障がい者用の杖)をつき、夜道を帰らざるを得なかったある日のこと、人通りのない一本道を歩いていると、私の後ろから迫り来るいやな気配を感じた。


(誰かくる。私に向かって悪意を発しながら・・・・・・)


 目は見えなくとも、武術の修練で培った感覚が私に警告していた。


 すると突然に私の頭の中で、私の周りの風景が広がりはじめた。


 まるで砂漠のような何もない空間に、いきなり造形物が出現したような感覚だった。


(え? これは何? 視覚とは違うけれど、私にも周りの風景が見える!)


 私の師匠でもある夫との長らく継続して来た訓練の成果が、身の危険を察知したことで今開花したのだと悟った。


 後方から迫りくる危険は、自転車に乗ったひったくりらしかった。


 私が女であること、杖を着いた視覚障がい者らしいこと、夜道で人通りのないことで安心して犯行に及ぼうとしているらしい。


 突然開眼した私には、後ろを見なくとも後方の様子が手を取るようにわかった。


 相手の自転車が私の杖の間合いに入るやいなや、振り向きざまに杖を相手の脳天に思い切り打ち込んだ。


「ぐあ~!」


 頭を押さえたまま自転車から放り出された男の叫び声が、近隣の住民を呼び寄せ、数分後には相手は警察に御用の運びとなった。


 犯人の頭蓋骨は陥没し、重症。一時は私の過剰防衛にされかけたが、私が視覚障がい者であり、相手がポケットにナイフを隠し持っていたこと、取り調べの結果、近隣での強盗やら強姦未遂の余罪がぼろぼろと明るみに晒されるにいたり、犯人は塀の向こうへと連行され、私は一躍時の人となった。


『今は視覚障がい者の元女性剣士、強盗犯を撃退する』


 翌々朝の新聞にでかでかと写真入りで掲載され、しばらくは取材の申し込みが後を絶たなかったのだ。


 しかし、その取材インタビューは一件たりともついに実現しないまま終わる。


 翌日の新聞には、前日よりやや小さな記事が載っていた。


『強盗犯撃退の元女性剣士、謎の失踪・・・・・・ 何らかの事件に巻き込まれた可能性も』

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