第16話 三 絶望の淵から

 高校生の頃、私の剣道の師匠としてなぜか出会っていた(らしい)私の二度目の夫との練習のかいあってか、私は空手の世界でもマスターズの大会で全国でトップクラスの選手として注目をあつめることになった。


 しかしその頃すでに、私は目の異常を訴えており、かかりつけの医者からは数年後に完全に失明することを覚悟しておくよう告げられていた。


 絶望感に打ちひしがれる私は、完全失明する前になんとか打てる手はないものか必死に模索したが、現代の医学では治療は不可能という現実を思い知らされただけだった。


 そんなある日、私の武術の師匠でもある夫がある話を教えてくれた。


「君の視覚異常は現代医学では治せない。これはもうどうしようもない。治せるかどうかは未来の医療に任せよう。今現実に対処出来うることは失明した後にどんなことができるかを考えることだと思う」


 絶望感から抜けきれずに話半分に聞いていた私に夫がさらに説明する。

「ある論文で視覚障がいをもつ人たちの中にごくまれに、全く目が見えなくても己の周りに何があるかを、杖なんかで当たりをつけたり触ったりしなくても感知出来る人たちがいることを説明してたんだ」


「どういうこと?」


「興味あるかい?」


「もちろん」


「そう来なくっちゃ」


 夫の話を詳しく聞いてみることにした。


「最初から話をするから関係なさそうだと思っても我慢して聞いてくれ」


「うん・・・・・・」


「目から入った情報を人間は脳内で再構成して、それが通常目で見えてると思われている映像だというのはもちろん理解できるだろう?」


「視覚情報がないと頭の中で再構成できないからなにも見えない・・・・・・ってなるってことだよね」


「そうだ。じゃあ目からの情報では無くて他の情報で身のまわりの風景なんかを脳内で再構成できるかどうかって話だ」


「それは可能かもね」


「例えばコウモリなんかは自ら超音波を発して障害物を探知して危険回避したりするし、魚群探知機や潜水艦が海中の敵や海底の地形探査で使うソナーなんかは同じような原理だ」


「それで?」


「それの発展形として現在研究されているのは、音波の反射を利用して三次元映像を作り上げるシステムで、そのコンピューター用ソフトも実用段階に入ってるってことだ」


「それが視覚障がいを患ってる人となんの関係が?」


「失明していても全くものに触れることがなくても周りの情景が分かる人っていうのはそういう別個の音波を利用したシステムを自己実現してる人ってことさ」


「なるほど。でも、そんな能力私にはないんだけど・・・・・・」


「その能力は訓練次第で身につけられるって言うのがその論文の内容なんだ」


「訓練次第では私にもできるかもってことだよね」


「そういうこと。それと今後そのシステムの開発やら機器の小型化が可能になれば訓練しなくてもイヤホンのような専用機器をつけることで、目が見えなくても目が見えるのに近い映像を”見る”ことができるようになるかもってことだ」


「まるで時代劇・・・・・・座頭市だっけ? あんなことも不可能じゃ無くなるかもってことだよね」


「そうなんだよ。我ながらこの論文見つけた時には興奮してしまったよ」


「訓練方法とかは書いてあったの? そこまでは期待できないか・・・・・・」


「その論文には書いてない。けれど全く別ルートで訓練方法のことをぼくは突き止めたんだ。たぶん間違っていないと思うよ」


「それって私でもできそう?」


「やってみるかい? やってみるんなら協力するよ」


「是非お願いします。師匠! いえお師匠様!」

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