第2章 サムライウーマン誕生編
第14話 一 覚醒
高校生の頃、私は剣道部に所属していた。
今でなら颯爽とした女流剣士、とでも言いたいところだが、私の中ではそんなにかっこいいものではもちろんなかった。
夏は暑い、冬は寒い、オマケに汗臭いわ、防具は重い、練習はきつい。
なんでこんなにいいことないだらけの部活を我慢してやっていたんだと思われるだろうが、そこは代々剣道を主体とした武術一家に生まれたせい、だとしか言い様がない。
武術一家に生まれたのなら、さぞかし才能に恵まれ、剣道も全国レベルを狙えるくらいの腕の持ち主だったのだろうと勘違いされがちだが、運動音痴と自他共に認めていた私は、高校生になるまでは一切の武術から解放されていたのだ。というより教える側があまりの私の出来の悪さに根負けして、見放されていたという方が正しい。
それでも高校生になった際、せっかく学校の部活に剣道部があるのだからと、その成績は一切不問という条件で親に無理やり入部させられた次第である。(当時欲しいものがあったので、それを買ってもらえるという餌に飛びついてしまった馬鹿な私でもあるのだが・・・・・・)
そんな剣道部も入部してあっという間の二年。次の夏には最後の公式戦が始まろうという時期にいたっても、私の実力はどうにか団体戦の補欠にもなれるかどうか、というところだった。
私の所属していた剣道部は県内では一、二位を争う実力校で、毎年全国大会にも出場しているという全国レベルでは中堅に位置している。
当然私と同学年の剣道部員は実力者揃いばかりで、個人戦でも優勝入賞組がぞろぞろいる。
はっきり言って高校から剣道を始めたばかりの私に出る幕などないのだ。
ところが先日部活の顧問が、あろうことか私を団体戦の大将として出場させると通告してきた。
「お前は大将だ。本来なら重要な役目だが、県大会くらいならお前の前の四人で決着がつくから安心しろ。メンバーに入るだけでもお前にはいい経験だよ」
顧問の言葉に否応のあるはずもない。無理やり団体戦のメンバーに組み込まれ、周りの部員達からは羨望とやっかみと半分侮蔑の入り混じった目を向けられたが、私にはどうしようもない。顧問の方針は絶対だ。
団体戦のメンバーになったことで更に練習量は増えたが、短期間に実力が上がるはずわけもない・・・・・・
いじめかとも思えるほどの練習量をこなしたある日、私は練習後の武道場の雑巾がけを終え、道場のど真ん中で一人で大の字に寝ていた。
「あ~あ・・・・・・ こんなんで団体戦の大将なんてつとまらないよ、私・・・・・・」
ため息を天井に向かって三回程吐き出し、疲労の蓄積からかそのまま春風に抱かれてうとうとしたその時だ。
私の視界に突然見たことのない顔が飛び込んできた。
「もしもし?」
「きゃ~!だれ?あなた」
「宮下まいさんでしょ?」
「え?ええ・・・・・・」
「私はこの剣道部のOBの山縣と言います」
「あ? 先輩の方ですか・・・・・・大変失礼しました」
大の字から正座にかしこまって私は頭を下げた。
「久しぶりにこの道場に顔を出したらあなたのため息が聞こえたんで、つい声をかけてしまいました。お悩み事があるみたいですね? よかったら私に聞かせてもらえませんか?」
「あ、はい・・・・・・」
今まで顔も名前さえも知らなかった先輩ではあったけれど、OBの方だという安心感からか、私は自分の抱えている悩みをポツポツと打ち明けた。
「そうですか・・・・・・それは大変ですね。大会までもうあまり時間はないんでしょ?」
「ええ、もうあと三ヶ月もありません」
「宮下さん、よかったら毎日の練習が終わった後、私と練習してみませんか? こう見えても私は全国レベルの剣士なんですよ」
「え!? 本当ですか? 私にもなにかできることがあるなら是非お願いします」
「私の教える剣道は剣道じゃないかもしれません。でもあなたの実力は飛躍的に伸びると思いますよ」
「そんな方法があるのなら、なおさら教えてください!先輩! いえ、今日から師匠と呼ばせていただきます」
「わかりました。では時間もないので早速始めましょう」
この日から私とにわか師匠?との特訓が密かに始まった。
後日、剣道部の仲間の話では、いつも練習後の居残りを一人で黙々とこなす私のことは有名であったらしい。それは傍からみれば『一人で』行う練習・・・・・・ 私はこの居残り練習は常に師匠と行なっていたはずなのだが・・・・・・
師匠が実は幽霊だったのか、はたまた物の怪だったのかはこの際どうでも良かった。そんなことすら考えている余裕など私にはなかったのだから。
師匠との練習は驚きの連続であったのは確かだ。体捌き、構え方、相手の攻撃の瞬間の読みと対応の仕方、無拍子での反撃の方法などなど・・・・・・ 全ては知っていたはずの内容なのだが、師匠のは全てが実戦的で、理論がはっきりと組み立てられていた。
もちろん師匠との実戦練習では、まともに一本も取れなかったのはいうまでもない。
レベルの差を嫌というほどつきつけられたが、藁にもすがる思いで必死に食らいついた。
「私の教える技や構え方は現代剣道に反するものばかりです。宮下さんが試合で劣勢でしかも絶対に負けられない状況になった時に使ってみて下さい。それまでは普通のやり方で戦うようにしてくださいね」
「私にそんな場面が回ってくるなんて・・・・・・そんな時は来そうもないですけど、師匠・・・・・・」
「そんなことはわかりませんよ。試合に絶対なんてありえませんから・・・・・・それにあなたは団体戦の大将。そういうお鉢が最も廻って来やすい立ち位置ですから」
「うわっ、そうか・・・・・・そうですよね・・・・・・大将ってそうなんですよね・・・・・・」
秘密の特訓もかれこれ二ヶ月が過ぎ、そして公式戦の始まる一週間程前・・・・・・ついに私は師匠から一本をとることが出来たのだった。
「お見事です、宮下さん」
「やった!師匠。師匠からようやく一本取れた!」
「まだまだと言いたい所ですが、私から教えることはもう何もありません」
「これからもよろしくお願いします、師匠! 大会ももうすぐ始まります」
「・・・・・・いえ、私の役目はもう終わったようです。あとはあなたの努力次第ですよ」
「師匠? そんな・・・・・・もう教えていただけないのですか!? もっとずっといろんなことを私に教えてください。お願いします。私にもようやく剣道の面白さが分かり始めてきたんです」
「残念ながら、お別れの時がきたようです。でもまた会えますよ、きっと・・・・・・ 遠い未来でね」
「え!? 師匠! 未来って?・・・・・・」
「四半世紀後にお会いしましょう」
「師匠!」
その日を境に師匠と私の二人だけの稽古は終わった。
(特訓始めて二ヶ月ちょい・・・・・・ 私は変われたんだろうか・・・・・・少しは強くなったんだろうか・・・・・・みんなに迷惑かけないで済む程度には成長したんだろうか?)
不安を隠し切れない私は、普段の部活の練習後の自主練習をやめることはなく、ついに公式戦の日を迎えることとなる。
大方の予想通り県大会の決勝戦までは私の出る幕はなかったが、決勝戦は過去何度も優勝を争っているN商業高校。
ベストな布陣で戦いたいというのは当然すぎる程当然の話だ。
「先生。決勝は、大将は他のメンバーに代えてください。宮下には荷が重すぎます、先生!」
剣道部の主将でもあり、部内実力ナンバーワンの山崎が顧問に直訴した。
「いや、このままのメンバーでいく。お前ら四人はなんとしても宮下の前に決めろ。この程度のプレッシャーに勝てなければ所詮全国制覇など鼻から無理だ」
相手校にしてみれば大将戦までもつれ込めば勝ったも同然、何を血迷ったかS高校!でしょ?
極度のプレッシャーを受けながら戦う私以外の四人は、どこかギクシャクして普段通りの動きができない。
結局決勝の行方は大将戦、つまり私の勝敗で決まるという絵に描いたような最悪の展開となってしまった。
「宮下、ごめん。宮下の前に決められなかった。宮下には『勝って』とはとても言えないけど、でもやっぱり全国行きたいよ!」
団体戦の私を除く四人と応援する全ての部員の、今にも泣き出しそうな声だった。
最悪以下の展開・・・・・・
そう、私の相手は、昨年二年生ながら全国個人戦三位の相手なのだった。
本来なら大将どころか、補欠にすら選ばれるはずのない実力の私が勝てる道理がない。毒入の昼食を食わせるには間に合わない。闇討ちをしようにもそんな時間はもうないのだ。私の勝ちは天から降ってきた隕石が、自分に当たるくらいの確率以下だった。
つまりこの時点でチームの負けは決まったようなものなのだった。
(うっ! 勝てる気がしない・・・・・・)
相手の発するオーラは、すでに私なんぞは眼中にない感満載・・・・・・
試合開始早々、三本勝負の一本目はあっさりメンを決められ、あと一本決められれば全国の夢は絶たれる。
成り行きを見守る四人のメンバーと応援団の視線が痛い・・・・・・
(痛い、痛いよ!師匠~!)
『今がその時だよ、宮下さん』
師匠の声がした。
(師匠!・・・・・・)
そして私は度胸を決めた。
突然の私の雰囲気の変化に、一瞬戸惑う相手・・・・・・
普通の現代剣道とは全く違う私の構えをみた観衆は大きくどよめた。
『初太刀にあなたの全魂を込めて打ち込みなさい。いつ打ち込むべきか、どこに打ち込むべきかは、宮下さんの今までやってきた練習どおりでいいんです。己の力を信じなさい』
どこからともなく聞こえる師匠の声に思わず微笑んだ私だったが、敵にとっては不気味に映ったらしい。
通常の剣道の構えは正眼の構えといわれる右半身の直立姿勢だが、この時の私の構えは、左半身でオマケに四股立ち状態で、両かかとべったりと地面につけたおよそ戦国時代のサムライの構えだったのだ。両手は胸の前で抱えつつ、剣先は相手の喉に向けて一直線に構えていた。
構えの違いと突然に雰囲気の変わった相手に困惑しつつも、私の実力を侮っていた相手は、唯一隙のできている私のメンへと無遠慮に打ち込んできた。以前の私ならとても避けきれなかったであろう、それほど素早い剣戟ではあった。
が、次の瞬間、この試合の成り行きに絶望と歓喜を想像していた彼我の大観衆はあり得ないものを見せつけられる結果となった。
相手の打ち込みの前に、私が為す術もなく敗れ去るのを想像していた観衆が見たものは、N商業高校の大将が十数メートル後方の羽目板まで吹き飛ばされる光景だったのだ。
ストレートに壁板にぶつかっていたら、脳震盪程度では済まなかっただろう。
試合の行方を見守る他部員がクッションの役目を果たし、大事にはいたらなかったものの、相手は試合続行不可能、団体戦優勝はわが校へともたらされたのだった。
「突き一本!」が宣告され、私の勝利が確定した。
私のやったことはなんのことはない。両足で踏ん張って、身体の緩みをなくし、左半身から右半身に身体を前に入れ替えた際に、剣先を相手の喉元に捧げただけなのだ。
それは一見するとなんでもない動作に見えたはずだが、愚直に練習を繰り返してきた結果なのだった。相手はタダの壁に激突し跳ね返されるのと同じように、喉の一点をもって己の攻撃のパワー全てを自分の身に跳ね返されたのだ。
剣道の突きは通常攻撃する側が突く、というのが常識なのだが、これは案外と言うよりも相当難しい技なのだ。突くときの力みやら余計な筋肉の動きが正確さを阻害するため、ピンポイントで相手の喉を狙っても外れることの方が多い。
第三者から見た場合、今回は相手が勝手に私の竹刀の先に喉元をぶつけてきたようにしか見えなかっただろう。だが、想像してみてほしい。固定された竹刀に自ら喉元から突っ込んだらどうなるかを・・・・・・恐ろしい話だとすぐに分かるはずだ。
簡単そうに見えたが故に、私の勝利はまぐれ、偶然、ラッキーなものとしか評価されなかったのだが、もし真剣での勝負であったならば、私の剣は私の鍔元まで相手の首を刺し貫いていたはずなのだ。
この試合の後、全国大会で私の素質は覚醒する。
団体戦で全国二位、そして決勝戦での大会史に残る大激戦を演じたが故に一躍全国の注目する選手としてその名をしらしめることになるのだが・・・・・・
そして四半世紀が経過し、バツイチ子持ちとなった私は、空手を習いたいと言った小学校三年生の娘の保護者として、その空手道場で指導員として活躍しているあの時の師匠と出会うこととなる。
「今度は空手だね、宮下さん」
後に私の二度目の夫となる、師匠との四半世紀後の再会だった。
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