第13話 エピローグ
百キロウルトラマラソンを終えた翌日、まみとさとるの二人は、帰途の新幹線の中で、お互い肩を寄せ合い、いつ覚めるとも知れぬ深い眠りの中にいた。
座席の簡易テーブルの上に置かれた百キロマラソンの完走証。
『宮下まみ』
『饗庭(あいば)さとる』
二人の名前がそれぞれしっかりと記された完走証・・・・・・
記録は十三時間三十分の制限時間、わずか七秒前と三秒前・・・・・・
二人の完走メダルがテーブルの上で 新幹線の揺れに呼応して触れ合う、微かな音楽を奏でていた。
そして参加賞・・・・・・
”伴通(ぱんつ)”と”手者通(てーしゃつ)”それぞれの文字がプリントされた、およそマラソン大会の参加賞としては他では決してお目にかかれそうも無い、上下のランニングウェアのセットだった。
(なんで参加賞がこんな妙ちくりんなランニングウェアなの?)
ほぼ全ての参加者が抱いたその疑問に答えられる者は誰もいない・・・・・・
車内アナウンスが、二人の眠りを妨げないようまるで気をつかっているかのように、ひっそりと終着駅到着を告げていた。
後方の座席で乗客の一人が広げた朝刊の片隅の小さな記事のことを二人が知るのは それから数日後のことだった。
【視覚障がいの男性、某百キロマラソン大会会場脇の公園内で倒れているところを発見される!】
なぜか甲冑武者姿で極度の疲労困憊状態。胸に銃創か・・・・・・
三年前に失踪した○△さんの可能性大。
完全な記憶喪失?・・・・・・
現在、現地某病院にて療養中。回復次第事情聴取の予定
そして さらに 数年後・・・・・・
夫婦となった”さとるとまみ”の二人は、小学校に入学したばかりの娘を伴って宮下家の数十年に一度の慰霊祭に出席した。
そこで初めて念願の代々伝わる二人の人物の「遺髪」と「伝説の書」、そして門外不出とされた「奥義の書」をかい間見ることができたのだ。
(おおばばさま・・・・・・ ようやく逢えました。ご先祖さまに・・・・・・)
慰霊祭が終わると誰もいなくなった会場の片隅で、まみはさとるに聞いてみた。
「数十年に一度の宮下家の慰霊祭に参加してみてどうだった?」
「実におもしろい、興味深いものだったよ。あの伝承文の内容、どこかで聞いたような話だと思わなかったかい?」
「大軍の中に少数で突入して敵大将の首を上げた、という話ね?」
「そう、あれはまさに織田信長の『桶狭間の奇襲』だと思わないかい?」
「でも細かいところでは 全然違うんでしょ?」
「確かに突入の時間帯や、推測される地形も状況も違うけど、大筋はそっくりだ。ぼくなりの解釈はこうだ・・・・・・宮下家の伝承文にでてくる地名や国名、武将の名前さえもがこの日本に伝わる文献には一切登場しないところをみると、あれはパラレルワールド、パラレル戦国時代だったんじゃないかなと・・・・・・ちょっと突飛な話だけど」
「もうひとつの別の戦国時代だったと?」
「それがなぜか、どう間違ったのかはわからんけど、別の歴史の系列であるはずのこの世界の宮下家にのみ伝承されたんじゃないかなあ」
「じゃあ、伝承に登場してくる”姫さま”たちは、別な平行世界で、別の日本に住んで別の日本を作り上げていたかもしれないというわけね・・・・・・」
「伝承文の内容は、その別の世界で発生したもうひとつの”桶狭間”だったのかもしれない。宮下家のご先祖様は、歴史をひっくり返した張本人だった、というわけさ」
「張本人はひどい。せめて立役者といってほしいわ・・・・・・」
「まあまあ・・・・・・その伝承文の続きたる部分が一切見当たらないところをみると、今言った話の可能性が高いんだけど、実はもうひとつの可能性がある。今この日本の国に伝わる表の歴史としての”織田信長”の話は、実は宮下家に伝わる話が本物なのかも知れないということさ」
「?・・・・・・どういうこと?」
「まさか”織田信長”が実は女だったなんて、表の歴史書には書けなかっただろうということさ。地名や国名までも変えてるのは真実を隠蔽するためだったと考えれば、つじつまが合う。なにもかもそれで説明できるとも思わんけどね」
「じゃあ宮下家に伝わる”姫さま”と”織田信長”は、実は同一人物だったってこと?」
「確認するすべはなにもないよ。せめて織田信長の本物の遺髪でも残っていれば、宮下家につたわる遺髪とDNA分析できて、はっきりさせることもできたろうけど・・・・・・」
「宮下家に伝わる遺髪は実は、あの”織田信長”のものかもってことかあ・・・・・・ちょっとミステリアスな気分に浸れそう・・・・・・」
「・・・・・・ところで宮下家の伝承文の中に天狗の話が出てくるみたいだけど・・・・・・」
「それが?なにか?・・・・・・」
「おれんちにも実は先祖代々、天狗の話が伝わってんだけど・・・・・・」
「え?!・・・・・・」
両親が会話する会場の片隅から少しだけ離れた椅子の上で、一人退屈そうに脚をぶらぶらさせた”舞”と名づけられた幼女はひっそりとつぶやいた。
「爺、会いにきたぞ・・・・・・ また一緒にひと暴れしようぞ! 」
幼い顔に、大人顔負けの不敵な笑いを浮かべた彼女が、百キロマラソンで六時間を切るという驚異的な世界記録を樹立するのは、さらにまた十数年後の物語である。
*****
『宮下舞さん、女子百キロマラソンで驚異的な世界記録達成。コーチである視覚障がいを抱える祖父と、共に歩んだ二人三脚が見事に花を咲かせたそのマラソン人生・・・・・・』
(20XX年:某スポーツ新聞記事より)
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