第9話  戦国四 突入!パラレル桶狭間

 『天狗』は突然、その歩みを止めた。


 歩みを止めた『天狗』の向かう方向、やや遠くに敵陣の旗がひるがえっていた。


 天狗の驚異的なスピードになんとか追いついた集団の、鎧から滴る汗と喘ぎ声が重なった。究極まで鍛えたその集団の身体能力をもってしても追いつくのが精一杯であった。


 むろん補給と灯りが十分であればもっと楽に追随できていたかもしれなかったが、彼らはどんな過酷な状況にも対応できるよう訓練されたこの世界最強のサムライであったことは間違いない。


「姫さま・・・・・・」


 目的の大軍を目の当たりにし、感無量の男の言葉に黙ってうなずくその集団の指揮官は、静かに言葉を発した。


「腹ごしらえをいたそう。あまり時間はないが、腹が減っては戦はできぬ」


 全員が強烈な高揚感と激しい空腹、疲労感のために吐き気すらもよおしていることをこの指揮官はもちろん知っていたが、自ら腰を降ろし、わずかな水と一口の乾飯をゆっくりと、永遠とも思える時間をかけて咀嚼するよう命じた。


 そしてここまで行軍をともにした家来の顔を一人一人確かめるように眺めた。


 剣術師範たる宮下こと”爺”とよばれてきた男が己の弟子たちに叩き込んできたことは、徹底的に走り込むこと、数十キロを無補給で駆け抜けて後、戦闘を数十分行ってもまだ駆け抜けるだけの体力の余力を身につけることだった。そしてその訓練の成果が今ここに結実しようとしているのだった。


「敵陣に突入したら狙うは大将首だけだ。大将首を上げたら皆それぞればらばらに散って火を放ち、少しでも敵を混乱させよ。大将が討ち取られたとわかればわれらにかまってなどおれん。あとはそれぞれが機をみて城へもどれ。それだけの訓練はやってきたはずだ」


 大将首を持って脱出を図る者が、首を取り返そうとする敵の集中攻撃を受けることはむろんわかってはいたが、そのことを舞姫はあえて黙っていた。


 大望を達した暁には、己が敵を引き付け、一人でも多くの仲間を逃がしてやりたかったからだ。

 うなずく宮下とその弟子たちは、そのときが来たら散り散りになるどころか全員が舞姫の盾となって死ぬことを決めていた。


 なんとしても、われ等が”姫さま”だけは、生きて脱出させる覚悟だったのだ。


 気がつくと『天狗』の姿は、いつのまにか消えていた。


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